美術館大学構想

メモ
■写真:『舟越桂|自分の顔に語る 他人の顔に聴く』展オープン前日の10月11日・夕方、展示会場でおこなわれた舟越桂さんによるレクチャーの様子。聴講した学生は、ギャラリーの受付や監視、ガイド役として展覧会の運営に携わっている。
学生たちによる舟越桂展のドキュメントはコチラ→〈舟越展staff〉bloghttp://gs.tuad.ac.jp/funakoshi/
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学生たちに向け、舟越さんが語った言葉の中から、その作品世界の本質に触れていると僕が感じたいくつかのセンテンスを紹介します。内容はすべて宮本のメモより。
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「遠くを見ているような、ここではない何処かを見つめているような眼差しに惹かれます。瞳の黒は、眼の中の影。一番遠くを見るということは、自分の内側を見る行為でもあると思っています。」
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「すでに眼に見えていることをタイトルに使いたくないのです。眼にはけっして見えていない、その彫刻の内部で起こっていることを作品のタイトルにしたいのです。」
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「近作についてよく指摘される〈変化・変貌〉は、僕にとって嬉しいことです。大学院を出たばかりで、〈妻の肖像〉を彫っていた頃は、自分がこんな彫刻を生み出せるとは思っていなかったから。」
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「重力に逆らって〈浮かぶ〉ことは、〈祈る〉ことに似ている、という気がする。」
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「いくつかの作品のタイトルにしている〈月蝕〉とは、見えそうなのに見えない、たったいま見えていたのに、次の瞬間には見えなくなってしまう、ある種のイメージの揺らぎに言葉にあてはめたものです。それは彫刻家に与えられる喜びでもあります。つまり、自分自身の手によって、今まで誰も見たこともないものが生まれつつある予感を意味しているのです。」
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「学生の頃、通学途中のバスの車窓から山々の連なりを眺めていて、ふいに心に浮かんだ言葉、〈あの山は、あの大きさのままで俺の中に入る〉という実感が、今日までの僕の制作を支えているような気がしています。人間の存在や想像力は、それほどに大きく、果てがないという意味で。」
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「僕にとって〈スフィンクス〉とは、人間の生を第三者的に見続ける者を意味しています。この世界における人間の愚かさを、ただ黙って見続ける者。あるいは自分自身を知る者のこと。長い首や、ボディの緑色は草食動物のイメージです。他者を傷つけない、どんなに愚かであっても人間の存在を肯定する眼差しを持つ者として。」
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素晴らしい2時間でした。
若い人たちに向けたこの彫刻家の言葉を、2007年度版のアニュアルレポートでは完全採録するつもりです。
宮本武典/美術館大学構想室学芸員

(※写真をクリックすると拡大画面で見られます)
■写真上:東北芸術工科大学ギャラリーに展示されている舟越桂さんの彫刻『風をためて』(栃木県立美術館蔵/1983年)とデッサン『山について』。『風をためて』の青年の表情に惹かれるという学生が多い。世代的な共感だろうか?
■写真中:2004年の作品『言葉をつかむ手』近影。印象的な手の所作。
■写真下:ギャラリーに入ってすぐのブースに展示された『水に映る月蝕』とそのデッサン。(撮影:イデアゾーン)
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『舟越桂|自分の顔に語る 他人の顔に聴く』展がオープンしています。

初日の講演会には、建築・環境系と「東北学」関係のシンポジウムが同時に開催されていたにもかかわらず、学内外から大勢の人々が詰めかけました。キャンパスで一番ひろい201講義室(座席数450)は、階段通路にまで人が溢れ、あらためて舟越作品の人気の高さを感じました。
ギャラリーには、山形市内にとどまらず、はるばる仙台や福島からやってくる舟越ファンで「静かに」賑わっています。制作や研究に行き詰まるとやってくるのか、神妙な面持ちのリピーター学生も定着しつつあります。

このように人気の高い舟越作品ですから、展覧会がはじまってからも当然のことながら気が抜けません。舟越さんの作品の魅力を的確に伝えていくために、また、今後、これらの作品を鑑賞するであろう何千、何万もの人々に向けて、作品のコンディションを万全な状態で引き継いでいくために、注意を払わなければならないことが山ほどありました。

まず、はじめてキャンパスを訪れる一般来場者向けのサイン計画や、ギャラリーのセキュリティー環境を抜本的に見直しました。また、開催期間中の作品コンディションについては、修復家の藤原徹教授(文化財保存修復センター)に指導を仰ぎ、デリケートな木彫作品を展示するにあたっての、湿度管理や、巨大なガラス窓からの自然光カット、スポットライトの照度調整などについてのアドバイスをいただきました。

受付や監視、ガイド役に志願してくれたボランティア学生60名には、貴重な芸術作品と観客の間に立って仕事をすることの責任を実感してもらうために、オープン前日に舟越さんから直にレクチャーを受けてもらいました。制作者の言葉で個々の展示作品について知識と理解を深めることができた彼らのモチベーションがおおいに高まったことは言うまでもありません。
舟越作品に寄添う学生スタッフたちの日々は、「舟越展staff blog」に綴られています。
http://gs.tuad.ac.jp/funakoshi/

このように、手探りで準備を進めてきましたが、「キャンパスを地域ミュージアムに!」と、日夜学内でアート活動に勤しむ美術館大学構想室は、公立美術館と違って、毎企画ごとに全ての環境(人的・空間的)の立ち上げを一から整えなければならず、正直に言ってこの展覧会は、その規模と重要性において、やや構想室のキャパシティーをこえるものでした。
舟越作品のために働ける幸いを噛み締めながらも、空回り気味の若い人たちの奮闘を、おおらかに受け止めてくださった舟越桂さんには、本当に感謝です。
西村画廊の皆さん、運搬と設営を担当してくれたヤマトロジスティクスのプロフェッショナルなサポートもありがたかったです。

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設営作業が一段落し、翌朝のオープンを控えた夜。
加湿器の水量を確かめてから、スポットライトを落とす前に、ひとり呼吸を整えて、会場を一回りしてみたのです。
暗がりにスポットライトで浮かび上がる『水に映る月蝕』、『言葉をつかむ手』、『月蝕の森で』といった神秘的な裸婦のシリーズと、最新作の『雪に触れる、角は持たず。』で印象的な、彫像の肩から唐突に突き出た「手」が、僕に向かって、背後から包み込むように伸ばされてくるのを感じました。
舟越さんは、「手」について、「その彫刻自体の手とは限らない、誰かの手」というような言い方をしています。「支える手」「抱く手」「祈る手」… 。静寂に包まれたギャラリーで、宙をつかむように舟越さんの彫刻から差し出されたそれらは、他の誰でもない、この展覧会に関わる僕や学生たちの手であるように思われたのでした。
宮本武典/美術館大学構想室学芸員

■写真上:先週刷り上がったばかりの立花文穂さんデザインによる『舟越桂 自分の顔に語る/他人の顔に聴く』展ポスター。田宮印刷株式会社(山形市)に協力を依頼し、インクの盛りや印刷用紙の微妙なニュアンスにこだわったりと、職人的な試行錯誤を繰り返しながら、立花さんのタイポグラフィーと舟越作品が見事に融合しました。お2人のコラボレーションともいえるポスターです。
■写真中:舟越桂さんの世田谷のアトリエにて。ポスターの素材として立花さんが自ら撮影したアトリエの写真に見入る舟越桂さん(左)。
■写真下:本展出品作の1つ、『水に映る月蝕』とポスターのラフを並べて。
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先月末、夕方の小田急線某駅で、出品作家である舟越さんに展覧会ポスターのラフを確認してもらうため、デザインをお願いしていた立花文穂さんを待ち合わせしました。
アトリエに行く約束の時間の少し前に落ち合い、「いざ、作戦会議」と駅前のドトールで立花さんにポスターラフをはじめて見せてもらったとき… 僕は一瞬、言葉を失ってしまいました。

展覧会のビジュアルとしてはタブーともいえる、作品の、特に「顔」の上に文字が入るレイアウト。
紙面の中央に据えられている最新作の頭部は、眼球(大理石製)がまだ制作途中で、舟越作品に共通する内相的な眼差しに、まだ光は宿っていません。
けれども、微動だにしない彫刻作品の「静」のイメージが良い意味で崩され、秀逸な文字の配置によって、彫刻の肌理で、紙の表層で、何かが起こっている。あるいは、演劇かオペラのビジュアルのように、「其処で、何かが生まれつつある予感」が濃密に発散していました。

これまでは、まるで独立した人間のように、見る者の前で厳かに、無言で屹立していた舟越さんの彫刻が、立花さんの非凡なアートディレクションによって、生々しく唇を動かし、語りかけてくるのを感じました。
担当学芸員として、様々な想像や不安が脳裏を駆けめぐりました。でもけっきょく僕は「これはすごいです。 立花さん」と心から感嘆していました。もちろん、舟越さん本人も立花さんの真正面からのチャレンジを歓迎してくださいました。

最近日本各地を巡回した大規模な回顧展で、作品の「変貌」ぶりが話題となった舟越さん。
きっとこのポスターを見た多くの人が、『自分の顔を語る/他人の顔を聴く』という謎めいたコピーとともに、舟越さんが最近のテーマとしている「スフィンクス」の表象との問答を通して、彫刻家に変貌をもたらしたものの突端に触れることでしょう。
そしてその答えは、山形に展示される11体の彫像と対峙する観客ひとりひとりの心象のうちに明らかになるのです。
10月12日、皆さんぜひ山形へいらしてください。

宮本武典/美術館大学構想室学芸員

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『舟越桂 自分の顔に語る/他人の顔に聴く』
会期=2007年10月12日[金]〜11月9日[金] 10:00〜18:00(会期中無休/入場無料)
会場=東北芸術工科大学7Fギャラリー 

主催=東北芸術工科大学 企画・運営=東北芸術工科大学美術館大学構想室
協力=栃木県立美術館、西村画廊、赤々舎、田宮印刷株式会社、Apple Store Sendai Ichibancho

特別対談:『自分の顔に語る。他人の顔に聴く。』
舟越桂×酒井忠康(世田谷美術館館長/本学大学院教授)
10月12日[金]18:00ー20:00(開場:17:40)
本館201講義室(入場無料)

■写真上:桜木町の川曵き。神輿のような木橇が、五十鈴川の浅瀬で出発の木遣を待つ
■写真下:木橇に積まれた檜の年輪を数える、甥の小さな手
(※写真をクリックすると拡大画面で見られます)
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この夏、伊勢神宮で技師を務める兄の案内で、伊勢神宮の『御木曳行事(おきひきぎょうじ)』に参加してきました。
双子の兄は東京の美術大学を卒業後すぐに三重に移り、伊勢神宮の式年遷宮に奉納される神宝の研究と製作に従事しています。
「20年に一度きりのことだし、法被(はっぴ)を用意しておくから一緒に曵こう」と誘われ、「それならば今年、生まれた娘の誕生報告の参拝を兼ねて」と、山形から伊勢まで、飛行機と船を乗り継いで、はじめての家族旅行に出かけました。

『御木曵き』は、あと6年後に迫った伊勢の式年遷宮で使用される、長さ約12mの御用材を、旧神領の町民がそれぞれの町の木橇(きぞり)に積載して五十鈴川を曵いていく行事です。
兄の家族が住む桜木町の木橇がでる7月29日は、今回の御木曵き行事の最終日で、また夏休み中の週末だったこともあり、おかげ横町や宇治橋近くの川岸は、20年ぶりのハレの日を迎えた法被姿の伊勢の人々と、全国から集まった沢山の見物客で埋め尽くされていました。

宇治橋から1キロほど下流の浅瀬から、若衆による木遣音頭に導かれて、木曽で切り出された大きな檜の丸太が五十鈴川をゆっくり溯上してきます。
町民総出で水に浸かり、掛け声とともにお互いの綱を交差させ無邪気に水を掛け合ったりしながら、柱から二股に長く伸びた綱を「エンヤ、エンヤ」と曵いていく。
川岸では町ごとにお弁当やお酒が配られ、久しぶりの再会を楽しむ和やかな人々の輪がありました。曵き手たちの表情は、老いも若きも古来より受け継がれてきた式年遷宮に、地元町民として参加するのだという誇りに華やいで見えます。

僕は、あの私小説に病み疲れた太宰治が書いた、
「海を越え山を越え、母を捜して三千里歩いて、行き着いた国の果ての砂丘の上に、華麗なお神楽が催されていた」
という印象的な一節を思い出していました。
「私」の物語が、いつか見た祭の光景=共同体の記憶に、再び吸い込まれていくような生の旅路。伊勢の人々は、五十鈴川の流れを身を受けながら、様々な想いを胸に綱を曵き、この20年、そして次の20年に想いを馳せていたに違いありません。

そして、人々の手によって五十鈴川の瀬を乗り越え、参道の玉砂利に積み上げられた檜の丸太は、神宮の宮大工たちの技によって数年をかけて棟持主の建築部材に削られ壮麗なお社となり、後世に繋がれていきます。

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7月29日は猛暑日でした。
生後6ヶ月の娘は日差しを避け、木橇が最後に宇治橋の袂から一気に参道に曵き上げられる頃合いを見計らってやってきて、五十鈴川からあげられたばかりの檜に、兄のはからいでちょこんと触らせてもらったそうです。
次の御木曵き(2027年)で、今は小さな彼女はちょうど20歳。そして、会う度に兄に(僕に?)似てくる伊勢の甥っ子は26歳です。彼の方は、現在の僕たち兄弟のように結婚して、ひょっとすると(彼の父がそうだったように)子どもがいるかも知れません。

伊勢の地で、千年以上も続く技能の継承者として研鑽を積みつつ、早くから家庭を築き、健やかに育んできた双子の兄。そしてその間、東南アジアやパリをあてどなく独りで放浪していた弟。
一卵性双生児として生まれながら、大学卒業を境に、まるで相反する「放浪」と「根付き」の20代を送り、その差異を互いの創作の日々の刺激としてきましたが、今回の旅で、2人の生き方が再び同じルートに重なりあってきたように感じました。

20年後、五十鈴川の畔で『御木曵き』に参加するまでに、2つの家族がそれぞれにどんな時間を重ねていくのか。やけにくっきりとした20年という時の「仕切り」が、身体のどこか、みぞおちの奥あたりにピタリと差し込まれたような、不思議な感覚が残った夏の旅でした。

宮本武典/美術館大学構想室学芸員

...もっと詳しく

(※写真をクリックすると拡大画面で見られます)
■写真上:ギャラリー絵遊で松岡圭介作品『a standing man』を鑑賞するグラフィックコース准教授の坂東慶一先生とアートライターの白坂ゆりさん。
■写真中:馬見ヶ崎川沿いのカフェで観客参加型のインスタレーション『1984-espresso』を鑑賞。制作した大学院生たちとの対話。
■写真下:7月8日に蔵を改造したカフェ『灯蔵 オビハチ』で開催された2人よるレクチャー『仕事はつくるもの』。立ち見が出るほど大勢の学生が詰めかけた。スクリーンに映し出されているのは、白坂さんがいまもっとも注目している作家の一人、ベルリン在住のアーティスト小金沢健人氏の作品。
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山形市内で開催した『I'm here.07-根の街へ-』に、ゲストとしてお招きしたアートライターの白坂ゆりさんが、トータルアートサイト『LOAPS』の連載コラムにて、本展の様子を紹介してくださいました。

『白坂ゆり トウキョウアートリズム』=http://www.loaps.com/art+index.id+hp.htm

坂東慶一准教授との対談『仕事はつくるもの』では、白坂さんが情報誌『ぴあ』のライターとして、90年代から今日まで、「観て・書いて・立ち合って」きたアート発生の現場を、豊富な写真資料とともに証言してくださいました。

また、ロンドン、アムステルダムと欧州を拠点にデザイナーとして活動してきた坂東准教授は、日本のオルタナスペースの草分け『スタジオ食堂』での自らの実践を示しつつ、自治体や企業の助成を得ながら、地域住民と連携して展開した伝説的な『スタ食』のクリエイティブなコミュニケーション・スキルについて丁寧にレクチャーしてくださいました。

2007現在。日本の有力ギャラリーはグローバルなビジネスに乗り出し、所属アーティストのマネジメントや、若手の発掘に意欲的です。美大の卒業制作展に多くのギャラリストたちが訪れるようになり、フレッシュな才能が銀座の貸画廊システムを飛び越してチャンスをつかんでいます。
アーティスト側にも、こうした市場のニーズからこぼれ落ちないように、積極的に売り込んでいくセルフ・プロデュース能力が問われています。

後半、会場からの質問を交えたディスカッションは、昨今見られるようになったギャラリーやメディア、時には大学が連携して「今、売れる作家」を量産していくシステムのあり方や、ギャラリストと作家との複雑な駆け引きについてなど、アート業界のリアルな体験談で盛り上がりましたが、最後の締くくりの白坂さんの発言が良かった。

「今、アートシーンで何が起こっているのかを知ることは大切ですが、どのギャラリーが有力だとか、欧州のトレンドがどうこうといった〈情報〉に、アーティストの作品や制作は左右されるべきではないと思います。アート作品自体の魅力も同様に。」

90年代とは明らかに異なる「実感なき好景気」の中で、ビックメゾンや広告業界を巻き込んで流通していくアートマネーの恩恵。これらを、ただ盲目的に甘受しようとするのではなく、現実の生活を取り巻く様々な環境と、内省的な制作活動の幸福な一致のために、インディペンデントに生きていく術を模索する…。

途中、白坂さんが紹介してくれた、東京のネオンサインをモチーフにしたベルリン在住のアーティスト・小金沢健人氏のユーモアかつリリカルな映像は、日常にありふれた現象を、視線や解釈のズレによって、説明しようがない心地よい調和へと変換していました。
あの映像のアノニマスな美しさは、「アーティストとしての成功」だけを求めて制作していく態度とは根本的にベクトルの異なる眼差しでもって、アートへの真摯で純粋な「trial and error(試行錯誤)」を、若いアーティストたちに求めたいとする、この日のレクチャーに臨んだ2人のポリシーが端的に表現されていたように思います。

美術館大学構想室学芸員/宮本武典

(※画像をクリックすると拡大画面で見られます)
■写真上:7月7日に、『ギャラリー絵遊』+『蔵大マス』の庭で開催された、『I'm here. 2006』のレセプションパーティーの幕開けです。写真は乾杯の様子。左から松本哲男学長、ギャラリー絵遊オーナーの駒谷氏、そして、フライヤー17,000枚分の印刷用紙を無償提供していただいた田宮印刷株式会社の工藤社長。祝杯は工藤社長から差し入れていただいた高級ジャンパンで景気良く。

■写真中上:『Link』プロデュースのベーグルパーティーに、強力助っ人として参加していただいたCafe Espressoの高橋昌平マスター(左)。高橋さんからベーグルにチーズを挟んでもらっているのは、『ぎゃるり葦』オーナーの土井忠夫さん。今回は後藤+池谷+阿部の洋画出身のペインター3人組がお世話になりました。『I'm here.2007』で、もっともパワフルだったのは、間違いなくこのお2人でした。

■写真中下:芸工大の在学生・卒業生にとって何でも相談できる「お母さん」的存在の大学職員の方々。手前左から学生課の小林さん、原田さん。中央奥は図書館の谷川さん。この日はパーティーの仕込みに主婦パワーを発揮しつつ、大勢集まった卒業生たちと久しぶりの再会を喜び、そして『Link』プロデュースのオリジナルベーグルサンドを頬張る。息子の手料理を味わう気分?

■写真下:梅雨の奇跡的な晴れ間。夕方からスタートしたパーティーは、真っ暗になっても立ち去り難く、結局夜の9時過ぎまで続きました。参加者は300名を超えました。
(撮影:加藤芳彦)
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正直に告白すると、昨年の暮れに、今年の『I'm here.』の開催日時を決めた段階では、頭の中から「日本の梅雨」の存在がすっかり抜け落ちていたのです。
『ギャラリー絵遊』さんの手入れの行きとどいた庭を見た時、「これだ!」と直感的にひらめいたガーデンパーティーのアイデアでしたが、日時をフライヤーに刷り込み、卒業生約4,000人に送付し、いよいよその詳細を詰めていこうとしたところで、山形市内の雲行きが連日おかしくなり、地元出身の職員から「山形の七夕は晴れたことがない」と困惑げに聞かされ…た時すでに遅し。

パーティーのプロデュースをお願いした『Link』のメンバーと、ハラハラしながらyahoo!の天気欄をチェックする日が続いたのですが、あえて雨天の代替え案はなし! と背水の陣で準備を進めたところ、関係者の日頃のおこないが宜しいのか(?)ずっと雨続きの『I'm here.』展の会期中、不思議とパーティーと翌日のトークイベントは天気に恵まれました。

18:30パーティー開始の30分前から、続々と卒業生+在校生が集まり、松本学長の豪快なシャンパンオープンが、夕方の空にコルクの弧を描き、パーティーの幕開けを告げると、『Link』が用意した250食分のベーグルは次々と無くなっていきました。(なかには4つ食べた学生も!)

この日のために、『Link』メンバーが考案したオリジナルベーグルは、地元で人気のベーカリー『シャルマン』に焼いてもらった品で、生地に山形の「だだちゃ豆」「山ぶどう原液」「県産トマト」を練り込んだ特別なもの。
ボランティアスタッフの女子学生が、包丁とまな板持参で集まり、お昼過ぎから2/1スライスし続けたベーグルに、参加者がおのおのテーブルに並べられた食材をサンドして食べるという趣向。パーティーのコンセプトをオリジナルスタンプに仕立てて捺した紙に、色とりどりのベーグルに挟んで食材を乗せれば、無駄な食器やカトラリーは使わなくていいというエコなパーティーなのでした。

大きなテーブルに所狭しと並べられた各種の具材は、これまた山形産にこだわり、ギャラリーのすぐ隣にある『佐藤牛肉店』からは「米沢牛コロッケ」(※写真上の看板に注目)や特選サラミをフューチャーし、通り沿いにある豆腐店からは「豆腐ハンバーグ」をセレクト(「塩気と効かせて」と特別オーダー)。これらは余計な包装をせず、お店からトレイごとドサッと届きました。

この他、『Cafe Espresso』高橋マスター手づくりのサクランボのジャムや、本格チーズ、県産の瑞々しい野菜たちが、『Link』メンバーデザインによる有田焼の皿にレイアウトされます。
ドリンクも、大学内ではないので堂々とお酒が並びます。高畠のスパークリングワインに出羽桜の吟醸酒。アルコールNGの未成年には、県産フルーツの濃厚なジュースが振舞われました。

様々な「味」を組み合せる楽しさ。パーティーを通して交流する在学生と卒業生。地元にある様々な美味しいものとの出会い。そして、「食」と「デザイン」の融合が演出するピースフルな空間と交流。『Link』のねらいは見事的中し、パーティーは大成功でした。

会の途中で『I'm here.2007』参加作家や各ギャラリーのオーナーさんたちによるマイクパフォーマンスも会場をおおいに盛り上げましたが、たくさんのお酒にも関わらず、だらしない酔っぱらいは一人も出ず、終始なごやかな会話がざわめく大人の雰囲気ただようパーティーでした。本当に。

こういうリラックスした、さりげないクリエイトが、参加者に与える創造的な刺激ははかり知れません。
ただ酔っぱらうための安っぽいフランチャイズの居酒屋ではなくて、街の歴史を感じさせる場所に手づくリのテーブルを囲んで、ささやかな食べ物を持ち寄って。
世代をこえて楽しく語らった、家族のような親密な時間でした。
これが伝統になればいいなぁ。毎年、七夕の夜が晴れるかどうかは怪しいのですが。

宮本武典/美術館大学構想室学芸員

■写真上(※写真をクリックすると拡大画面で見られます)
7/13(金)の夜から山形県最上郡の肘折温泉で点灯している芸工大オリジナルの灯籠『ひじおりの灯』(直径70cm)。みかんぐみの建築家・竹内昌義准教授デザインによる八角形の木組みに、本学日本画コースの院生たちが現地で取材したスケッチを描きました。(詳しくは最新の『g*g』に特集されてます→http://gs.tuad.ac.jp/gg/index.php)撮影/JEYONE
■写真下:『肘折絵語り・夜語り』(7/25 19:00〜)の様子。灯籠絵を描いた19人の日本画コース生たちが、23軒の旅館の軒先に吊られた灯籠の下で、それぞれが表現した肘折を語った。温泉客や地域の方々など約90名が参加し、幻想的な夜の光に照らされた、古き良き温泉街の散策を楽しんだ。道案内は森繁哉教授と赤坂憲雄大学院長。そぞろ歩く一行に、各旅館の旦那衆から振る舞い酒も。
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20代前半の4年間を過ごしたバンコクでは、よく仕事の休みを利用して、郊外のバスターミナルから各地方へ走る長距離バスに滑り込み、タイの田舎を旅しました。
そのなかでも「イサーン」と呼ばれる、タイの貧しい東北地方を巡る旅の途中で訪ねた、畜産飼料用の塩づくりを生業とする集落は忘れられません。

濃度を高め、強烈な日照りで塩を結晶化させるための塩田が、見渡す限り広がっていて、その中心にボツンと、5件ほどの家々と、小さな塩の製錬所がありました。
灼熱の日差しを受けるトタン屋根の工場内は薄暗くて、木製の巨大な桶の中に、湿り気のある塩が大量に積み上げられていました。

塩田で水浴びをする子どもたち。半裸に麦わら帽子の工場の男たち。塩の山。
巨大都市バンコクの喧騒から遠く離れた、名もない塩の集落は、僕の東南アジアのうだるような熱気に支配された4年間のタイ生活で、もっとも鮮烈な風景として脳裏に焼き付いています。

もちろんその風景は、背景にある東北タイの貧しさとか、稲作を捨て先祖伝来の土地を塩田にせざるを得なかった人々の苦しみを抱えているのですが、自分の生きてきた「世界」とは隔絶したところで、それ自体完結した白と、光と、熱と、塩と、水が織りなしていたその光景の純度は、僕にパゾリーニの映画のような神話的かつ悲劇的な美しさを想起させたのです。

と同時に、枯れ切った土地で、「どこにも行かない」ことと「どこにも行けない」ことに同時に傷つきつつ、静かに黙々と塩をつくる人々の姿は、外国で異邦人生活を楽しみ、気ままな旅を続けていた僕に、「お前は何故ここに来たのか」「お前はどこに行こうとしているのか」と、厳しく問いただしているような気がしました。
僕の脳裏に焼き付いたのは、ひょっとするとこの「声」の方なのかも知れません。

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国道13号から舟形町を抜け、美しき最上川を渡り、万年雪を冠った月山を眺めながら急勾配の峠道を一気に下っていくと、えぐったような谷間の行き止まりに、肘折温泉が、ぽつねんと佇んでいました。
赤坂憲雄先生に、「東北ルネサンスプロジェクトの一環として肘折にアートのイベントを仕掛けてみたい」と、はじめてここに連れられて来た時、新しい芸術作品を持ち込むのではなく、既にそこに重層した土地の記憶のようなものを、「忘れないように記憶に留める」ための仕組みづくりをしたいと思いました。

23基の灯籠は、隔絶されたこの深い谷の集落でこそ、増幅される光と闇と絵画のオーケストレーションを生み出しています。
これは、その地に住んでいる人々が、若い画家たちの眼差しを通して暗闇に浮かび上がる肘折の情景に、毎夏、「土地の声」を聴くための装置なのです。

宮本武典/美術館大学構想学芸員

■写真上:描きはじめる前の真成師の講話。美しい夕日の射し込む7Fギャラリーには、300名を超える観客が集まり、なかには庄内地方や東京や、はるばる京都から駆けつけた熱心なファンの姿も。
■写真中:1時間に及んだ制作の様子は、作品とともにモニターで展示した。
■写真下:学生たちの目の前で、大判の鳥の子紙に綴られた文人画風の作品『念佛注語』。
(※写真をクリックすると拡大画面で見られます)
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洋画コース主催で、美術館大学構想室が会場構成を手がけた齋藤真成師の展覧会『一心觀佛』が、先日、盛況のもと無事終了しています。ここで初日の6/13夕刻に、展示会場で開催された講話と公開制作『紙に点を置くところから』の写真をアップしておきます。


この小企画は洋画コースの課外授業の一環として有志学生により実施・運営され、設営作業から会場管理(受付/監視/解説)まで、すべて学生が自主的に取り組みました。
その過程で、90歳とはとても思えない、真成先生の軽妙かつ品のある人柄に魅せられた学生たち(多くは女子学生)は、公開制作終了後に老画家を取り巻いて、延々たる悩み相談(中には涙を浮かべていた学生も!)+ケータイで記念写真。
疲れていたはずの真成先生も、「ほんまに近ごろはよう見かけん、素朴でかわいらしい子らやなぁ」と、穏やかな笑みを浮かべつつ、実に丁寧に対応してくださいました。
(その時の、実にユーモアとペーソスに溢れた問答はまたの機会に紹介します)

年金問題や孤独死、少子化・過疎化などなど、「老い」のネガティブなイメージが先行するこの社会で、天台宗の僧として厳しい修行を積みながら、半世紀以上も静かに描き続けてきた老画家の、品のある「軽み」と「まるみ」は、苦しく漠然とした「自分探し」としてでしか、自らの作品制作の理由を咀嚼できない多くの若い学生たちに、不断の制作や思索によってもたらされる、ある種の「格式」の在処を知らしめたのではないかと思います。

人生は長い。芸術の道も同じ。
詩でも書でも、画においても、東洋における芸術の伝統は、老齢に至って真の深まりに到達する道を重んじてきましたが、近頃のアートシーンは若い作家にすぐに結果を求めがちで、みなシーンから切り捨てられないようにと必死です。あえて斜に構えて独自の「回り道」を楽しもうとするような余裕が失われている気がします。
マーケッティング、セルフプロデュース、…そんなことは広告代理店に任せておけばいいじゃないですか。
無理せず、無駄な雑音に耳を塞ぎ、ゆっくり淡々と、己の芸術世界の確立を目指して進みたいのですが、学生も、僕も、ついついオーバーワーク気味(この大学も?)です。余分なところに汗をかいている気がします。

短い期間でしたし、あくまで「お手伝い」的なキュレイションだったので、はじめは心情的にあまり全力投球できなかったのですが、それがかえって今の自分を自然体に見つめ直すいいタイミングとなりました。アートの意外な、いや本来の効用でしょうか?
京都風に言うと「はんなり」な、いや「おかげさん」な出会いのある展覧会でした。
宮本武典/美術館大学構想室学芸員

■写真上から(※写真をクリックすると拡大画面で見られます)
1)松岡圭介さん(大学院彫刻修了)による木彫は、ヒトガタに切り抜いた合板を幾重にも張り合わせて成形されたもの。会場の『ギャラリー絵遊』は、建築・環境デザイン学科竹内昌義准教授ゼミによる設計で、今春オープンしたばかりの瀟酒なギャラリー。建物自体も見どころです。

2)プロダクトデザイン博士課程在籍中の酒井聡さんの音と映像のインスタレーションは、蔵を再利用したカフェ『灯蔵・オビハチ』で作動中。古い梁に分厚いガラス板とアクリル製の水盤を乗せ、さらに、振動スピーカーで音響を注入することで、暗い荷蔵の内部に、有機的な水の振動が視覚化されている。人工心臓みたい。

3)池谷保さん(洋画コース卒/京都市立芸大大学院在学中)の絵画は、前回のブログで紹介したビルの空き部屋に展示。目眩のするような独特の描法による絵画の肌理は、圧倒的にオリジナルな仕事。この他、アクリル絵具をコツコツつなげて紐状し、空間に吊り下げる「ドローイング作品」を現地制作。

4)大沼剛志さん(大学院プロダクト修了)の砂の彫刻は、古い荷蔵『大マス』に置かれた。もともと蔵に置いてあった大きな山水画の屏風を借景にして、黒い砂の流動性を応用した作品が、木箱の中でミニマルな砂の坪庭を創出。

5)前回紹介した後藤拓朗さんのドローイングは室内から溢れ出し、とうとうビルの階段にまで進出。

6)工芸+実験芸術大学院によるグループは、馬見ヶ崎川沿いにある貨物車両を再利用した名物カフェ『エスプレッソ』の駐車場に、店舗と原寸大の模型を設置し、その中でパフォーマンスを展開する(その模様はカフェ店内に中継)プロジェクト『1984-espresso』を発表。お客さんに好評を博しています。(下の2枚/上がダミー、下写真が実際の店内で、小型モニターで中継中)

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卒業生支援を目的に、2005年に立ち上がった卒業生クリエイターによるアートショー『I'm here.』の2007年度版『I'm here.2007-根の街へ-』が、とうとう本日(7/5)、山形市内7ヶ所でオープンしました。
本学を卒業後、日本各地で活躍する7人の才気溢れるクリエイターと、大学院生の2グループが参加する本展は、地元のギャラリー、蔵、カフェにて、それぞれの空間の特性を活かした展示に挑戦しています。
梅雨の生憎の空模様で、初日の出足は少なめでしたが、連日のプレス攻勢が効いたのか、地元のテレビ局、新聞各社の反応はよく、会場に詰めていた出展メンバーは、朝から多くの取材を受けていました。明日以降、様々なメディアでご紹介いただけるはずです。

今回は、初日の様子を一部写真でご紹介しましたが、いずれも山形の街に新しいアートの風を吹き込む洗練された力作ばかりです。
遠方の方も、地元の方も、この機会に山形のアートスポット巡りをかねてご覧いただき、参加している若きアーティストたちを激励いただければ幸いです。
会期は7/15(日)まで。
週末には参加フリーのパーティーやトークイベントもあります。
多くのご来場、お待ちしてます!
宮本武典/美術館大学構想室学芸員
(※map等、詳しい情報はHP内の「information」をご確認ください)

■写真:土井ビルディング2Fの空き部屋で滞在制作中の後藤拓朗さん。壁紙を剥がして露出した板面に、鉛筆で直接にドローイングを施しています。(撮影:近藤浩平)
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開催まで2週間を切った今年の『I'm here.』。
ですが、現在7階ギャラリーで開催中の『SHINJO SAITO -一心觀佛-』展の京都巡回が突然に決まり、また、来月中旬に公開予定の肘折温泉郷での灯籠プロジェクト『ひじおりの灯』が、プランがまとまりきらないまま、連日マスコミに取り上げられてしまうなど、いつも通りの拡大展開への対応で、バタバタと慌ただしく準備が進んでいます。

今回の最大の特徴は、はじめての地元・山形での開催、さらに市内のギャラリーやカフェなど、7ヶ所を同時に結んでの展観にあり、アートスポットのガイドマップも兼ねた本展のポスター兼フライヤーも好評をいただいていますが、この17,000枚のB2判印刷用紙は、全て地元企業の田宮印刷株式会社さんからの提供で賄うなど、地域との連携がよりクローズアップされてきたかたちです。
これまで仙台で開催していた『I'm here.』シリーズですが、地元に帰ったとたん、盛り上がりと反響が違うことに驚きました。この企画も、土地の力を借りる事で年々拡大+進化を続けているようです。

昨晩は、レセプションパーティー(7/7)を担当するプロダクトデザイナー集団『Link』と、パーティーで提供する「地産地消」をテーマにしたオリジナルフードについて夜遅くまでミーティングをしていましたし、他にも、日本の若手アーティストを取り巻く現状について、アートライターの白坂ゆりさんを招いての開催するディスカッション(7/8)開催など、昨年度の卒展テーマ『OUR ART. OUR SITE.』と『I'm here.』を混合させながら、ここ東北だからこそ可能なアートシーン創造に挑戦していきます。
詳細は既に〈Information〉で公開されていますので、ぜひチェックしてください。

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参加する作家たちの中でも、駅前のすずらん通り沿いにあるギャラリー『ぎゃるり葦』さんの協力で、「住み込み制作」を続けている後藤拓朗さんは、本展タイトル『根の街へ』をそのまま体現するような、コンセプチャルかつ美しい作品を描いてくれています。
古いビルの壁に、徹底的に書き込まれた鉛筆画のタイトルは『共同体(仮設)』。
展覧会が終了すれば店舗工事が入り、全て塗りつぶされてしまう運命にあるこの作品は、既に本展のポスターを飾り、全国の美術館やギャラリーの壁に「移設」されていますが、上記の写真を見ての通り、まだまだ増殖中。
ぜひ夏の山形で、彼のたった一人のプロジェクトに立ち合ってみてください。

宮本武典/美術館大学構想室学芸員

『TUAD AS MUSEUM : Annual Report 2006/2006年度東北芸術工科大学美術館大学構想年報』
[発行日] 2007年6月13日
[編集・発行] 東北芸術工科大学美術館大学構想室
[印刷]田宮印刷株式会社
[判型] B5判、92ページ、モノクロ版(カラーグラビア16ページ)
[発行部数] 1,000部
[デザイン]JEYONE(鈴木敏志+奥山千賀)
※表紙写真は西雅秋氏によるコミッションワーク『DEATH MATCH(彫刻風土/山形)』の断片。カラーグラビアには吉増剛造氏による書き下ろし詩文『佃新報』を見開きで掲載した。目眩のするような言葉の鮮烈な羅列…。
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遅ればせながら、6月になって2006年度の美術館大学構想事業のアニュアル・レポートを発行しました。
2005年度は卒業制作展の時期(2月)に編集作業に勤しんでいたので、年度内に無事発行したのですが、昨年は年度末ギリギリまで、卒展の後始末やら『New Face at TUAD』展の準備やらで着手できず、大幅に遅れてしまいました。
勿論、今もいろいろ同時進行しているプロジェクトがあって、あまり過去を振り返っている余裕はないのですが、構想室の仕事がいかに人的にも予算的にも自転車操業であっても、このレポートの編集作業には最善を尽くさなければなりません。

なぜなら、僕たちの美術館大学構想は、高価な作品のコレクションよりも、展覧会やシンポジウムなどの、無形のソフト事業にこそ力を注いでいますから、「モノ」としての記録は残っていかないのです。その分、こういうレポートを年度毎にきちんとまとめておかないと、せいぜい30年もすれば「何も起こらなかった」ことになってしまうでしょうし(寂しい)。素人なりに大変ですが、このささやかな編集・出版業務は、そういう「時の忘却性」との闘いでもあるのです。

さて本誌『TUAD AS MUSEUM : Annual Report 2006/2006年度東北芸術工科大学美術館大学構想年報』は、(前回のレポートもそうでしたが)所謂、大学の「研究紀要」よりも、ギャラリートークや作品レヴュー、滞在制作のドキュメントノート、作家インタビューなどの採録を中心に構成し、口語体でスイスイ読める、雑誌的な冊子づくりを目指しています。学生が読むものでもありますし。

執筆陣は、酒井忠康氏(美術評論家)をはじめ、吉増剛造氏(詩人)、赤坂憲雄氏(民俗学者)、茂木健一郎氏(脳科学者)、鎌田東二氏(宗教学者)、西雅秋氏(彫刻家)、宮島達男氏(現代美術家)、竹内昌義氏(建築家)など超豪華な顔ぶれで、「美術館は港(=様々な人、作品、情報が出たり入ったりして交流する場)」という酒井氏のポリシーを体現する、多様な表現・研究領域が交流した「語り」の記録集となっています。

皆さん、それぞれに文章のプロフェッショナルですから、こちら側のまとめ方が悪くて紙面構成を台無しにしてしまわないようにと、常にプレッシャーを感じながら編集を進めましたが、その中でも特に、「語りの場」でしばしば生じる、思考の「どもって」いる状態というか、対話の間が良い意味で「詰まる」感じのリアリティーを、どのように文面に残すかに苦心しました。

例えば、シンポジウム『神秘の樹と明日の鳥たち ー詩・旅・思索ー』で、詩人の吉増剛造氏が柳田國男についてこんなふうに語っていました。
「…そのときにね、民俗とか、昔話ではなくて、今日のシンポジウムもそうですけれど、何度も聞いて、話を重ねていく作業によって、物語にある種の「溜り」ができていく。それを〈記録〉とか〈記憶〉とか名付ける必要はなくて、語ることを重ねていくことで、様々な学問の境目が消えていくかもしれない。あるいは他人の記憶を今一度たどり直してみるとかね。そういうことの、とても珍しく、良い例として、柳田國男の存在や著作があるというふうに、私は思うわけです。」
このニュアンス。
それぞれの持つ知識が出会い、ぶつかることで「詰まり」ながら照応し、次の命題へと開いていくような感覚。
対話において、じっと考え込む時間や、会話の余白的な逸脱こそが、テーマの本質を補足し、問題の共有を全体に高めるような気がするのです。(茂木健一郎さんなら「解らない時間の方が、脳が活性化されているのですよ!」とおっしゃるのでしょうが)

文章では、こういうある種の凪状態に陥りながら充実していく沈黙や逸脱を、リズムよく記録していく事はなかなか難しい。シンポジウム『神秘の樹と明日の鳥たち ー詩・旅・思索ー』の採録では、日本を代表する詩人と美術評論家と民俗学者が、それぞれに蓄えてきた蛸壺的な理論や蘊蓄の応酬ではなく、それぞれの「知」の境目を「語り」によって意識的に溶解させていくことで、互いに詩的な感応力を引き出していくプロセスを追体験しているような印象がありました。

現代生活では、メールやブログ(未だに書くのが苦手で気後れしますが…)など、ネットを介した言語情報のやり取りなしに、仕事は成立しなくなっていますが、一方で、やはり直接に巡り会って、それぞれの身体(声、表情、仕草、眼差し)を抱えながら語ったり、聞いたりしていかないと、本当に染みていかない知識や言葉の作用があると、編集の過程でつくづく感じました。

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本誌は、全国の美術館や大学に献本される少部数の限定本で販売はしませんが、ちかく美術館大学構想HP上でPDFデータで閲覧できるようにします。どうぞお楽しみに。
また、学生の皆さんは、図書館で借りられますのでぜひ読んでください。そこには、今、東北で表現を模索する僕たち自身のことが語られています。
それから、もしこのブログを読んで興味を持たれた美術関係機関の方、ぜひHP上の入稿フォームから美術館大学構想室までご一報ください。メーリングリストに加えさせていただきます。

宮本武典/美術館大学構想室学芸員



■写真上:山形市は馬見ヶ崎川沿いのカフェ「エスプレッソ」でくつろぐグラフィックデザイナーの立花文穂さん。トレーラーを改造したこのカフェは『I'm here.』展の会場の一つ。この日はここでのインスタレーションを担当する大学院生のメンバーも来ていて奥のテーブルでミーティングをしていた。万華鏡を覗いているのはウチの奥さんで、テーブルには僕の大好きなバナナジュースが。
■写真下:肘折温泉郷への道中にある日本最大級の杉の巨木「クロベ」の前で。大蔵村在住の舞踏家・森繁哉さんのラブコールで、立花さんの山形ロケハンは大蔵村に飛び火。
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4月11日に今年のレジデンス作家でグラフィックデザイナーの立花文穂さんが山形にいらっしゃいました。キャンパス内の活動場所や、宿泊施設などを見ていただき、秋の滞在期間中の活動内容について打ち合わせました。
芸工大における立花さんのアーティスト・イン・レジテンスは、『舟越桂展』のドキュメントブックの制作が主な活動になります。ブックでは舟越作品の魅力を、アトリエの緊張感や、鑿跡のマテリアルや、作品と人々との関係・出会などを記録する、「コト」のドキュメントとなる予定です。

また、本の編集過程は、色校正や、アイデアメモなどを随時壁面にクリップする形で、10月中旬の期間中、大学図書館内の特設編集室周辺でリアルタイムに公開されていきます。これ自体が既にインスタレーションみたいですね。ちなみにこの企画は、舟越展とあわせて、11/15〜12/20の日程で京都造形芸術大学ギャラリーオーブにも巡回予定です。

先週の月曜日に、世田谷区経堂にある舟越桂さんのアトリエでお二人を引き合わせたところ、数年前に舟越さんが出演していた資生堂のCMの映像ディレクターが、立花さんの実兄であることが判明。やっぱり、ご縁があったのですね。
この日は赤々舎の姫野さんも交え、打ち合わせはアトリエ→焼肉店→カフェと場所を変えながら深夜までおよび、その中で舟越さんのアシスタントの中野さんの奥さんが、何と僕の高校の同級生(奈良市の高円高校)であることが判明したり…とまあ、多角的に出会いを楽しんだ一夜となりました。

お二人のコラボレーションは、赤々舎と舟越さんの所属ギャラリーである西村画廊が、これまた偶然に共同企画し、出版の準備が進んでいた「対話集:舟越桂×酒井忠康」と内容をリンクさせた形で、出版までこぎつけそうです。
舟越作品にまつわるビジュアルの合間に、おなじみ酒井先生の含みのある独特の言い回しによる作品解説が挿入される本を、あの立花文穂さんがディレクションする…一体どんな本になるのか、きっとこのアートシーンに詩的なインパクト与える作品になると確信しています。

それにしても、一つの出会いがどんどん増幅して大きくなっていく。こういう不思議でクリエイティブな感性のリレーに関われることはアートを愛する者として、とても幸せなことです。
しかししかし、現在僕はすでに9個のプロジェクトを抱え、もう息切れ状態。また、その一つ一つが今回のような、実に面白い連携の可能性を秘めているのです。同僚も学生も家族も僕のワーカーホリックぶりにいつも呆れ顔ですが、これはもう仕事を超えた、スポーティーな感覚すらあります。図書館スタッフのみなさん、部屋を散らかしてすみません。理解ある東北芸術工科大学と家族に感謝。

宮本武典/美術館大学構想室学芸員

■写真上:I'm here.07' 参加作家のひとり、後藤拓朗さん(洋画コース卒業/2007.04.04にUP)による本展のイメージ・ドローイング案
■写真下:『sandrodynamics』砂/2006、大沼剛宏さん(プロダクト大学院修了)による、インタラクティブな砂の彫刻。
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【4月24日:山形市内のギャラリーをめぐる】
一昨年、洋画コースを卒業し、京都市立芸術大学大学院に進学した池谷保君が来山形。市内のギャラリー「葦」で、参加を依頼した夏のグループショー「I'm here.」展の展示構成について打ち合わせました。彼は関西屈指のコマーシャルギャラリーKodama Gallery(http://www.kodamagallery.com/start/index.html)のグループショーに、これまで2回選出されるなど期待の若手アーティストで、芸工大にいたときは、よく美術館大学構想室の企画展を手伝ってくれていました。優秀な人材の他大学への流出は口惜しい状況ではありますが、東北で学んだ彼が活躍する姿は嬉しいかぎり。
池谷君は、この夏、山形駅近くの古いビルの空室で、絵画とインスタレーションを発表する予定です。

この他にも、昨年度まで構想室のアシスタントだった後藤拓朗さんや、大学に副手として戻ってきたペインターの阿部亮平さん(VOCA展06に選出)、ロンドン・デザインナーズ・ブロック参加をきっかけに結成されたデザイン集団『Link』など、将来の活躍が期待される若手クリエイターを、今年も、TUAD卒業生をフィーチャーするアート展『I’m here.2007』で紹介します。

I'm here.05'に参加した本間洋さんは昨年度の文化庁買上に選出され、木彫のルイ・ヴィトンが注目を集めたタノタイガさんも相変わらず多方面で活躍中です。(現在は東京・青山スパイラルの8thSICFに出品中=http://www.spiral.co.jp/sicf/)
06'展で好評を博した岩本あきかずさんは、この時のフライヤーがきっかけで、大阪のコマーシャルギャラリー「studio J」での個展(http://www.daikan.ne.jp/studio-j/exhibitions.html)が実現するなど、参加した作家は活動の場を着実にひろげており、プロジェクトは年々成果をあげているといえるでしょう。

3回目の開催となる今年は、7作家と2グループが参加。
開催テーマを『根の街へ』と題し、会場を、これまでの「せんだいメディアテーク」から、地元・山形市内のギャラリーやカフェ、空きビルの一室や蔵に移した、同時多発的なアートショーになります。
卒展で活躍した工芸コースの卒業生(2007.03.05にUP)が、カフェをまるごと作品化するなど、山形市内を舞台に、地域の方々とがっちりタッグを組んだ、サイトスペシフィックな展観にご期待ください。

『東北芸術工科大学卒業生支援センター企画展 I’m here.2007〈根の街へ〉』
会期:2007年7月5日[木]ー7月15日[日]
企画:美術館大学構想室/協賛:東北芸術工科大学校友会/卒業生後援会/田宮印刷株式会社
招聘作家:阿部亮平/池谷保/大沼剛宏/後藤拓朗/酒井聡/松岡圭介/長瀬渉/大学院工芸+実験芸術領域有志/Link
展示会場:灯蔵・オビハチ/ギャラリー絵遊/蔵大マス/ぎゃるりー葦/恵埜画廊/Cafe Espresso

※運営スタッフ募集中!!
アートの力で山形を面白くしたい人は、このプロジェクトにぜひ運営スタッフとして参加してください。023-627-2043(宮本)までご連絡ください。

宮本武典(美術館大学構想室学芸員)

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■写真:天台宗の高僧にして京都を代表する洋画家・齋藤眞成師の画室と、御歳90を迎える師のポートレート。
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【4月18日:京都極楽真上寺真如堂へ】
天台宗の名刹として知られる京都真正極楽寺真如堂の貫主でありながら、京都洋画壇の重鎮として、これまでバルセロナ、リスボン、ニューヨークで大規模な個展を開催するなど、国際的に活躍する齋藤眞成師。6月中旬から、美術館大学構想室長の山田修市学部長の肝いりで、今年、90歳を迎える師の画業を記念する展覧会「SHINJO SAITO 一心觀佛」を洋画コース主催で開催することになりました。

18日は、齋藤師の熱心な支援者である山形美術館長の加藤千明館長と、出品作品の選定のため、山形空港から伊丹を経て新緑の京都へ向かいました。JR京都駅に降り立ったとたん、故郷の奈良を思い出し、もう無条件に里心が…。高校時代は四条にある銅駝美術工芸高校に通っていた双子の兄を訪ねて、河原町界隈で遊んだなぁ、当時の同級生たちは何をしているだろうかと感慨に耽りながらタクシーの車窓から町並を眺め、京都はさすがに街の文化的密度がすごいとつくづく実感。

京都極楽真上寺(真如堂)は、燃え立つような紅葉がつとに有名で、今の季節は新緑が眩しいほど鮮やかでした。しかし何故か、敷地内はグレーのスーツに身を包んだ新入社員たちで混雑模様。真如堂は三井財閥の菩提寺で、毎年グループの新入社員は全員、貫主である齋藤眞成師の法話を聴くのが習わしなのだそうです。仏僧として高名な方だとは、事前に加藤館長から伺っていましたが、実際にお寺を訪ねて、その伽藍の規模と格式に気圧されっぱなしでしたが、本坊でお会いした齋藤師は、とても御歳90歳には見えない凛とした静かな方でした。加藤館長を交え、しばし展覧会の構成などについて確認したのち、嵯峨野の山際に建つという画室へおじゃましました。

洋画家らしいモダンな空間には、立派な画集のコレクションと、大きな和紙に描かれたドローイングや、書の作品、そして長年使い込まれた画材が堆積し、仏僧の修行と並行して進められた、70年にも及ぶ創作の歴史を、シンと張り詰めた空気とともに物語っていました。壁面には現在制作中の巨大な曼荼羅風の抽象画が掛けられ、山形での新作展に、たいへん意欲的に取り組んでくださっている様子が伺えました。
その画風は軽妙かつ自由奔放。初期の作品はカルマ(業)をテーマにした、アバンギャルドな寓意画だったのですが、現在は天台声明の響きのように、寓意以前の色と光が、軽妙なリズムとともに、絵の中で延々と生動しているかのようです。
「このごろは何も考えずに筆を動かして、偶然生まれたり、消えたりする形のなかに、阿弥陀さんの姿を探しているような心持ちで描いているのです…」

加藤館長にもアドバイスをいただきながら、学生たちに見せるにはどのような作品がいいか打ち合わせた結果、画室から15点程、7階ギャラリー出展する作品を選ばせていただきました。その内容は1ヵ月後、山形でお目にかけます。展覧会の初日には、齋藤師に学生たちの前で書の公開制作をしていただく約束もとりつけました!

その夜は、お二人に連れられて生涯2度目の祇園へ。翌日は、春から京都精華大学の教授に就任した西雅秋さんと久しぶりの再会。

『SHINJO SAITO-一心觀佛-』
会期:2007年6月13日[水]〜6月28日[木]
開館時間:10:00〜18:00(日曜休館/入場無料)
会場:東北芸術工科大学7Fギャラリー 
企画:美術科洋画コース、美術館大学構想室
協力:京都極楽真上寺、山形美術館

開催記念講演+公開制作
「紙に点を打つところから」
日時:2007年6月13日[水]16:30〜18:00
会場:東北芸術工科大学7Fギャラリー

宮本武典(美術館大学構想室学芸員)

■写真上:山形県大蔵村にある肘折温泉のお社。肘折温泉は約1200年ほど前の大同2年(807年)に発見されたと言われ、農作業の疲れを癒し、骨折や傷、神経などに効く湯治場として全国的に知られている。肘折温泉郷は大蔵村南部の山間にあり、月山を源にした銅山川の両岸に旅館が並ぶ。(ほとんど宮崎アニメの世界)
■写真中:川上にある源泉にて。温泉熱であたためられた卵形のドームに触れて眼を閉じているのは民俗学者の赤坂憲雄大学院長。赤坂先生が発起人となり、地元大蔵村出身の舞踏家・森繁哉教授(左)と、みかんぐみの竹内昌義准教授という、民俗学者+舞踏家+建築家という異色キャストで、1200年の歴史を誇る温泉街を舞台にしたアートプロジェクトを構想中なのです。右は肘折温泉郷振興株式会社の木村さん。
■写真下:温泉街の中心にある木造の旧郵便局。床のモザイクタイルがパリのカフェみたいでモダンです。プロジェクトのコアセンターとして利用できないかと思案中。
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【4月13日:大蔵村肘折温泉へ】
森繁哉先生とともに大蔵村の肘折温泉へ。両先生が民俗学者としてフィールドワークを続けて来たかの地で、「何か大学の制作活動とリンクするアートプロジェクトをコーディネートしてほしい」とのこと。
車で峠道をくねくね2時間。途中、次年子(じねご)蕎麦街道で美味しい寄り道をしつつ、月山の麓に佇む肘折温泉郷で赤坂憲雄先生と待ち合わせ。肘折ホテルの柿崎社長に、鄙びた温泉街を案内いただきました。

まるでつげ義春の漫画から抜け出たような町並は、古くから修験者の宿場や、長逗留する湯治専門の「秘湯」として、県内では有名ですが全国的には知る人ぞ知る存在。温泉街通りに連なる24軒の旅館には売店がなく、湯治客はめいめい浴衣姿で狭い路地を買い物袋を下げて行き交っているのが印象的でした。また、毎朝地の野菜や魚を並べる朝市が立ち、長逗留する客は旅館にある台所で調理するのだそうです。

ここでのプロジェクトは、肘折の開湯1200年を記念するお盆の火祭りに時期をあわせた、温泉場特有の景観のRe:Designになる予定。日本画コース卒業生が、和紙に描いた肘折の風景を、和?燭や照明を仕込んだ行灯などと組み合わせ、古き温泉場の夏の夜を美しくライトアップします。
照明のデザインは、「廻灯籠」をモデルに、建築・環境デザイン学科の竹内昌義准教授がゼミ生とともに設置計画も含めておこない、器具の制作は山形県工業技術センターを通して庄内の伝統工芸「組子」職人に協力を仰ぐ予定です。

『肘折温泉〈廻灯籠〉プロジェクト』
会期:2007年7月13日[金]ー8月17日[金]
共催:肘折温泉郷振興株式会社
監修:赤坂憲雄大学院長/森繁哉教授
企画・制作:建築・環境デザイン学科竹内ゼミ/美術科日本画コース(番場准教授)/美術館大学構想室
協力:肘折温泉開湯一千二百年祭実行委員会/野桜会/山形県工業技術センター庄内試験場

宮本武典(美術館大学構想室学芸員)