美術館大学構想

■写真:『大学院レヴュー』プレゼンテーション風景(洋画コース院生)
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先日、教育改善活動(FD)プログラムの一環として教職員対象に開催された「少子化時代の大学運営」に関する講演を拝聴しました。講師は武蔵野美術大学の小井土満教授です。実は学生の頃、僕は教職課程で小井土先生のお世話になったのです。合評会でのコメントが抜群に面白いのと、研究室でコーヒー生豆を焙煎する(!)ことで有名な方でした。講義前に挨拶に行って「おー意外なところで会うねぇ」とがっちり握手、かれこれ10年ぶりの再会です。僕が教育機関で働いていることを、とても喜んでくださりました。

講演会では、80年代末から今日に至るまでの少子化の推移と、それに対応した武蔵美の学科編成およびカリキュラム改革の詳細について語られました。伝統あるかの大学でさえ教職員が一丸となって、少子化対策に年間100を超える会議を繰り返していると聞き、ちょっと驚きました。美大に限らず「全入学時代」(=大学進学を希望する高校生が「選り好み」さえしなければ、必ずどこかの大学に入学できるという時代)を目前に控え、全国の大学が熾烈な受験生獲得競争を繰り広げているのです。

東北では、私立大学の7割が、既に定員割れを起こしているそうです。幸い芸工大は入試課スタッフの営業努力もあり、まだ沢山の受験生のみなさんに支持されていますが、その絶対数は減っていく一方。しかも早稲田や立命館といった名門の総合大学が、美術学科の新設に着手していくという状況下にあって、本学のみならず、30年後も盤石な芸術系大学は殆どない、というのが偽らざる実情ではないでしょうか。国公立大学であっても、独立法人化を受けて、これまでのような安定とは無縁です。テレビタレントを教授にしたり、個性的な学科を新設したりと、美大生予備軍に向けたアピールに余念がありません。

高校生の理解レベルに「大学」運営の基準を合わせてしまうのもいかがなものかと思います。しかし、だからといって専門性の聖域に閉じこもっていてはどうにもなりません。情報化社会において、目まぐるしく変化する時代のニーズに呼応するセンスを身につけなければ、学内の研究・制作活動を保証する大学の経営そのものが傾いてしまうのですから・・・大学関係者には難しい時代ですね。

小井土先生は、魅力的なアトラクションをずらりと並べた大学のアミューズメント・パーク化を踏まえて、「全入学時代において、4年間の学部時代よりも、その次の段階の〈大学院・博士課程〉での学びが、これまでの〈大学〉に相当する高等専門教育に該当するでしょう」とおっしゃっていました。なるほど。学部の4年間が、ほぼ高校の延長上にあるのならば、受験生向けの「大学」広告と、制作・研究活動の高度化を並走させる鍵は、大学院教育の充実にかかっている、ということです。

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上の写真は本学大学院の授業風景です。「大学院レヴュー」といって、院生たちが、日頃の制作・研究の成果を学内各所にコンセプトシートとともに展示し、3日間にわたって、順次作品の前でのプレゼンをおこなっているのです。指導教官が進行役を務め、作者による10分程度のプレゼンの後、様々な学科コースの教授が、自由なスタンスで批評をしていきます。勿論、学生同士でも意見交換は活発におこなわれています。

はじめてレヴューに参加したとき「自分が院生だった頃にこんな機会があったらどんなによかったろう!」と思いました。コース内の講評会では、同じ領域だからこそ理解し合える微妙な差異にまつわる指摘に終始しがちで、クリエイションへの根本的な姿勢を問われたり、他メディアへの展開の可能性についてアドバイスをもらえる機会はあまりありませんから。
また、プレゼンには院生だけでなく他学年の学生たちが多く聴講しています。それはこの会が、蛸壺化しがちなアトリエ中心の生活において、自分のポジションを客観的に見極めることのできる、ある種の「モノサシ」のように作用しているからだと思います。

僕が受けた大学教育(油絵)は徹底的な放任主義でした。「どうせ100人中アーティストとしてやっていけるのは1人でるかでないかの世界だから」を常套句に、教授はほとんど何も語りませんでした。学外に出るしかない僕たち学生は、作品ファイルをギャラリストに売り込んだり、在野の批評家筋と交流したりして、かえって鍛えられはしましたが、やっぱり「大学院レヴュー」のように、大学がきちんとした批評の場を設定し、教員がまとまって指導している光景は羨ましく思います。
それぞれの専門領域における経験値を根拠にしながら、現代社会におけるアートやデザインのあり方を議論する知的な関係ないしは空間。大学院レヴューの真剣な集いのかたちに、「大学」本来の魅力を感じました。

全入学時代は大学にとって冬の時代には違いありませんが、日本の「大学」や「美術教育」の質を高め、存在価値を再構築する、いい契機なのかも知れません。

美術館大学構想室学芸員/宮本武典



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