我家に二人いる四足の家族の居眠り姿をアップしてみました。
キッチンの隅に置かれた特等席にて心地良い寝息を発てている雄猫アッシュ君。
注意してご覧下さい、後足の上に前足を重ねてその上にアゴを乗せているのです。
いくら体が柔らかいとはいえこんな寝姿は初めて見ましたね。
黒猫とは対照的な純白の雄犬リック君。
笑えるこの寝姿には何の説明も要りませんよね。
彼には黒の首輪が一番似合うと思うのですが....。
白の体毛とピンクの耳と鼻、そして黒の首輪にドングリ眼と鼻先の黒、3色のバランスが粋なんですよ。
いけねぇ、すっかり親バカ状態になってます。
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◆一人SDRで行くミニツーリング◆2006.夏
7月最後の休日となった日曜の昼下がり、気になる方を訪ねて白川ダムの更に奥、小屋部落にて喫茶店を営むS氏を訪ねた。
数年前に久々で訪ねた時にはしばらく空家状態のようだった為、既に閉店されたものと寂しい思いをした記憶がある。
しかしである、先日ネットサーフインをしていて何とS氏のブログに出会ったのである。
お店を再開している事を知った時からこの日を楽しみにしていたのです。
フルスロットルでワインディングを駆け抜けるSDRは快調そのもの!、お天気にも恵まれて10数年ぶりの再会となりました。
こんにちはと声を掛けた自分を彼はちゃんと覚えていてくれました。
嬉しかったですね~。
美味しいコーヒーを堪能しながら何の違和感もなく楽しいお喋りをして気付いたら2時間も過ぎてました。
屈託のない会話を交わす中ふと思った事、それはポリシーを持続して人生を送る事の意義の深さ。
他人に流されず、あくまで自分流を貫く潔さ、そんな彼の生き方は素適です。
シャイなS氏の希望でお顔が隠れてしまいましたが「らいず」のマスターは10数年前と変わらず健在でした。
「らいず」のページ
数年前に久々で訪ねた時にはしばらく空家状態のようだった為、既に閉店されたものと寂しい思いをした記憶がある。
しかしである、先日ネットサーフインをしていて何とS氏のブログに出会ったのである。
お店を再開している事を知った時からこの日を楽しみにしていたのです。
フルスロットルでワインディングを駆け抜けるSDRは快調そのもの!、お天気にも恵まれて10数年ぶりの再会となりました。
こんにちはと声を掛けた自分を彼はちゃんと覚えていてくれました。
嬉しかったですね~。
美味しいコーヒーを堪能しながら何の違和感もなく楽しいお喋りをして気付いたら2時間も過ぎてました。
屈託のない会話を交わす中ふと思った事、それはポリシーを持続して人生を送る事の意義の深さ。
他人に流されず、あくまで自分流を貫く潔さ、そんな彼の生き方は素適です。
シャイなS氏の希望でお顔が隠れてしまいましたが「らいず」のマスターは10数年前と変わらず健在でした。
「らいず」のページ
■梅雨の晴間に■
各地で土砂崩れを引き起こし災害を招いた今年の長梅雨、流石にうんざりですね。
曇り空の日曜日、貴重な晴間を利用して柿の木の枝打ちをしました。
落とした枝と葉は配送用の軽トラに満載となる量、翌日に市のゴミ処理場まで運び200円也を支払いました。
そして雑草の草刈、家族総出の作業は昼過ぎまで続きお昼は皆でラーメン屋さんへと向かいました。
この雨のお陰で休日もこのような有様です。
さて画像のお花は酒販組合の会議テーブルの中央にさりげなく飾られていたものなんですが素適ですね。
職員のE女氏がこの場所に活けてくれているお花は時々に変わりますが、下に敷いた色紙がアクセントになっていて、さりげない優しさに気持ちが安らぎます。
梅雨明けの夏日にはどんなお花が飾られるのでしょうか。
またご紹介したいと思います。
曇り空の日曜日、貴重な晴間を利用して柿の木の枝打ちをしました。
落とした枝と葉は配送用の軽トラに満載となる量、翌日に市のゴミ処理場まで運び200円也を支払いました。
そして雑草の草刈、家族総出の作業は昼過ぎまで続きお昼は皆でラーメン屋さんへと向かいました。
この雨のお陰で休日もこのような有様です。
さて画像のお花は酒販組合の会議テーブルの中央にさりげなく飾られていたものなんですが素適ですね。
職員のE女氏がこの場所に活けてくれているお花は時々に変わりますが、下に敷いた色紙がアクセントになっていて、さりげない優しさに気持ちが安らぎます。
梅雨明けの夏日にはどんなお花が飾られるのでしょうか。
またご紹介したいと思います。
2006.07.21:maru8:コメント(0):[酒屋おやじのお気に入り]
■パーラーX・O 十日町店の末路■
朝の散歩コースで毎朝のように目にしてきたパチンコ店が取り壊されていた。
パチンコはやらないけれど普段目にしてきたこの建物が無くなるのは往時の隆盛を知るだけに寂しいものがある。
遠方からのお電話に当店への道順を説明する際にも「X・Oというパチンコ屋さんの交差点を・・」とよく目印に使わせて頂いた。
毎日どこかでこのような情景が繰り返されているのだろうけれど今の日本の行き過ぎた競争経済の有様には大いに疑問を感じてしまう。
パチンコはやらないけれど普段目にしてきたこの建物が無くなるのは往時の隆盛を知るだけに寂しいものがある。
遠方からのお電話に当店への道順を説明する際にも「X・Oというパチンコ屋さんの交差点を・・」とよく目印に使わせて頂いた。
毎日どこかでこのような情景が繰り返されているのだろうけれど今の日本の行き過ぎた競争経済の有様には大いに疑問を感じてしまう。
2006.07.21:maru8:コメント(0):[酒屋おやじのお気に入り]