ぼくのニワトリは空を飛ぶー菅野芳秀のブログ

「ぼくのニワトリは空を飛ぶ〜養鶏版〜」 
 ツバメがついに我が家にやって来た。
天空を飛ぶツバメを見たのが4月始め。以来、いつでも入って来れるようにと玄関の戸を30cmほど開けて待ち続けた。4月の10日ごろ、まずオス鳥が先乗りし、一週間後にメス鳥もやって来て、いよいよ巣作りを始めるかと思っていたら、メス鳥が何やら騒がしくオス鳥に話しかけ、その内2羽一緒に出て行ってしまった。いつかは戻って来るかもしれないと玄関を開け続けて1ヶ月余。帰ってこない。恋人に去られたというのはこんな感覚か。 

 そんな気分でただひたすら待ち続けた。
そして遂に5月12日。先乗りのオスがやって来て、日を置かずにメスがやって来た。前に出て行ったツバメと同じかどうかは分からないが、ツガイで泊まるようになり、巣作りを始めた。ようやくいつもの季節が始まった。ただそれだけの事なんだけどさ。部屋に広がるツバメのさえずりがうれしい。

 5月18日から我が家でも田植えが始まった。4月の中旬からずっと農繁期が続いている。それほどハードな仕事はしてないのに毎日がヘロヘロ。頼まれた文章も書けない。新聞だって見るのも嫌なぐらいなのに、ツバメに関してはわずかな休息時間を利用してこうしてパソコンに向かっている。何やってんだろう、俺。
拙本「七転八倒百姓記」について、私の古くからの友人で農政ジャーナリストの榊田みどりさんがありがたい書評を書いてくれました。日本農業新聞です。左のダブルクリックで読むことができます。
あ、あれはツバメではないか?
天空を切るように飛ぶツバメらしき姿を見たのが4月の始め頃。その日から24時間、玄関の戸を開けて待つ日が始まった。 
4〜5日たったころ、1羽のツバメが玄関の中まで入り、休んでくれるようになった。やって来たのは1羽だけ。たぶん、先乗りだろう。まず1羽だけ早く来て、やがて2羽で暮らす準備を始めるに違いない。そう思いながら更に4〜5日たった。早朝に出かけて行っては、夕方に帰って来る。やっぱり1羽のままだ。泊まるのも1羽だけ。
そんなある日の朝、玄関からにぎやかなツバメの声が聞こえて来た。2羽になっている。そして盛んに何かやり取りしているようだ。「お、ついにツガイになったか!良かった、良かった。巣作りの打ち合わせでもやっているのかな。」
ほほえましい気持ちで様子を見ていた。
そのツバメ(たち)が二羽とも消えてしまったのはその翌日からのことだった。2週間ほど経つがまだ帰って来ない。どうしたのだろう?相変わらず、いつでも帰って来れるようにと、玄関を開けて待っているが、依然としてやって来ない。後からやって来た1羽が連れて行ってしまったのだろうか。
「ね、あんた!あっちに行こうよ。あっちの方が居心地はいいからさ」「いや、毎年ここで巣作りをして来たのだからここで良いよ。」「フン、あんたがそう言い張るならあんただけここに居たらいいさ。私は向こうに行くからね。」「お、おい、ちょっと待てよ・・。」
賑やかな会話はそんなことだったのかもしれない。近くの電線からツバメの声が聞こえる度に、ようやく戻って来てくれたか!と、空を仰ぐ毎日だが、まだ来ていない。(写真は昨年のもの)
宮崎県にお住いの西村さんから、望外の書評をお送りいただきました。ここでご紹介させてください。

『七転八倒 百姓記〜地域を創るタスキ渡し〜
菅野芳秀 著
 「信仰はわたしの生き方」
 かつて、そう言い切ったクリスチャンの友人がいた。ならば著者の場合はこうだろうか。
 「百姓は自分の生き方」
 著者は山形県長井市の決して豊かとは言えない百姓の跡取りとして生まれ育つ。その運命を漠然と受け入れつつも、働いても働いても楽にならない百姓の暮らしから逃れるかのように東京の大学に進学。
 そこで出会った成田三里塚闘争での農民の姿が、その後の著者の人生に多大な影響を与える。大学卒業後、沖縄での生活を経て帰郷。
 小規模農家を淘汰するかのような国のさまざまな農業政策を批判。百姓と地域を巻き込み自然と共生する農を基礎とした循環型社会創りに取り組む。
 著者は「百姓」を差別用語としてではなく、堂々たる生き方として誇らしく掲げる。
 そして、逃げ出さなくてもいい堂々たる田舎を次世代にタスキ渡しすることが、地域を、引いては日本を創るのだと熱く説く。
 生ぬるい生き方をしているわたしが、本著のレビューを書くなどおこがましいが、実に天晴れな生き様だ。これに尽きる。
 本著だけではなく、著者のFacebook投稿を読む度に感じるのは、自身が生きる地域への限りない愛と自然への畏敬の念、そして、百姓としての誇りだ。これなくして、地域を牽引するリーダーにはなり得ないのだと思う。
yさんへの手紙

ご無沙汰しています。お元気でしょうか?
季節はだいぶ春めいて来たとは言え、我が家の前には屋根から滑り落ちて来た雪、道路から除雪された雪が大人の背丈ほど残っています。
まだ梅の花も、フキノトウも芽を出していません。これからです。
雪景色を娘さんに見せたいとのこと、こちらはいつでも大丈夫ですが、4/12からいよいよ苗箱への土入れ作業が始まります。
それが今年の稲作、春作業の始まりです。私はその前ならご案内できます。もちろんおいでいただければその最中であっても、車をお貸ししますので
ご主人の運転で、のんびりとドライブや雪と山里の散策を楽しまれることは自由にできますよ。
いつでも、ご都合の良い日にお出かけ下さい。
今月の20日以降は水芭蕉が咲きだし、下旬には桜も満開になると思います。こちらでは梅と桜がほぼ一緒に咲きだします。
そうなれば、山にもブナやナラの若葉が付きだして、一面に春の景観がにぎやかに展望できます。
5/20を前後して田植えが始まりますが、その頃は更に田んぼの野花も咲きだすでしょう。
山の残雪と田んぼの早苗と野山の若葉と野の花々と・・
山形の春・・、とっても魅力的な季節となって行きます。
いつでもご都合の良い日においでください。
 (写真はこの4月4日。ダブルクリックすれば拡大します。)

菅野芳秀

若葉の4月がもうすぐそこだというのに、山々の残雪はまだまだ厚く、吹く風も冷たい。
とはいえ、あと1ヶ月もすれば水稲の種まきが始まる。
わが家も4月2日に、新しく中学2年生になる長女を筆頭に小6、小3年生の孫たち3人娘の助けを借りながら、種籾の滅菌作業を行った。
種もみを60℃のお湯に15分間漬け込む作業だが
時間を計る係、15分後に急いで池まで運ぶ係、それをいち早く冷やす係などを分担し、連携しながらのほぼ半日作業。
これが今年の稲作の仕事始めだ。
 作業前、段取りを説明しようとすると、「あっ、それ覚えている」と、すでにやる気が満々だ。
「作業が終えたらお礼代わりに何かおいしいモノでもご馳走するよ。何がいい?」と聞いたら、3人娘は「ピザ!」と応えた。小麦か・・。
 コロナに地震に、ウクライナと大揺れの時節だが、なんとか今年の稲作は、異常気象に合わずに秋を迎えることができるようにと願いながらの作業となる。
(写真は昨年の種子作業の模様)
コロナをきっかけとしたおコメのダブツキをこのFBで報じたところ、ありがたいご注文をたくさんいただきました。この場をお借りして感謝とお礼を申し上げたいと思います。
☀ 今年度も、菅野農園では3,000kgほどの注文減となっていました。影響を受けたのは、主に、レストラン、米屋さんなどの事業系。コロナ二年目ですがそれを充分に克服できずにいました。
誰が悪い訳ではありません。みんなが被害者です。それぞれの方も存亡の危機に立たされおり、注文減も仕方ありません。
☀ 更にそこにコメの暴落が重なって、菅野農園も値下げやむなしか・・・と思ったのですが、根拠なく今の価格に設定しているわけではなく、それでは経営が成り立ちません。ではコストを削減すべく、化学に依存するか・・、となれば、何のために農家をやっているのか、コメを作っているのかの根本が揺らぎます。
☀ そこでこの苦境を脱すべく、フエースブックでの呼びかけとなりました。うれしいことに、多くの皆さまから新規のご注文をいただきました。とてもありがたく感謝申し上げます。
☀ 先日、友達から、「たくさんのご注文が寄せられて良かったですね。友人、親戚に贈りたいが、まだおコメはありますか?」とのメールが来まして、「はい、まだ2,000kgほど・・」とお応えしたところ、絵文字で「苦笑」の返事が返ってきました。おもしろくも、ありがたい、ホンワリとした出来事でした。
☀ 水田5ヘクタールに満たない家族農業の菅野農園では、消費者から信頼される生産者になることで、経営の安定を図ろうと長年、殺菌、殺虫、化学肥料ゼロのコメ作りを続けてきました。
(今年度産は異常気象の影響を受けて、隣地の農家の田んぼにイモチ病が発生し、我が家の田んぼにも伝染しようとしたので、少しの農薬散布は避けられませんでした。ホームページのおコメはそのコメです。慣行栽培の農薬8割減のおコメです。因みに山形県の特別栽培米は5割減です。)
これからもこの基本姿勢に変わりはありません。余剰のおコメにつきましても、何とか解決すべく頑張って行きたいと思います。
 経営にこんなことは付き物ですね。
これからもよろしくお願いいたします。
            菅野農園
日本国際ボランティアセンター(JVC)の元代表理事の谷山さんが極めて貴重な視点を投げかけてくれています。
 ロシアの侵攻は決して許されないけれど、南西諸島(尖閣列島含む)や、千島列島にミサイルが配備されたら我々ならどう思うかなど、複眼的視点で考えて見なければならないという事でしょう。

谷山博史

2月24日 21:02 ·
「私たちはプーチンの要求に真摯に答えてこなかった」
 ロシアがウクライナに侵攻しました。ロシアと中国を同列化して、中国に対してもさらなる抑止と、いざという時のために戦う準備をしなければならない、という意見がはばを聞かせるでしょう。
 6時からさっきまでづっとBBCを聞いていました。様々な人が出てきて意見をり言っていました。殆どがロシアへの批判とロシアへの制裁強化を訴える中で、元駐ロシア英大使がこんなことを言っていました。
 私たちはプーチンの要求に真摯に対応してこなかった。NATOの東方拡大を止めてくれという要求もです。一方でNATOはウクライナにミサイル配備をしました。 
 私は大学院でロシア政治思想史を専攻していたので、ウクライナといえば帝政ロシアにとって対西欧の死活的な地域でしたし、キエフはロシア文学の舞台によく出てきました。キエフ出身のロシア詩人に傾倒もしました。
 そのウクライナをソ連が受け継ぎ、冷戦崩壊後に独立し西側に組み込まれました。ロシアにとっては西の防波堤がなくなったのです。帝政ロシアからソ連の時代を通して、西欧の脅威はロシアの最重要課題でした。ナポレオンに侵攻され、ナチスに侵攻された歴史はロシア人には忘れられないでしょう。第二次世界大戦だけでロシア人は2000万人が死んでいます。
 だからロシアを正当化するのではないのです。ウクライナは独立国です。軍事侵攻して傀儡政府を作るなどもってのほかです。対ロシアの外交の失敗を誰が意識したでしょう。ロシアのウクライナ侵攻の前、誰も、どのメディアもロシアの立場、意見を報道しなかったことが問題なのです。
 NATOがウクライナにミサイル配備をしたことを私も知りませんでした。怒り狂った熊をさらに追い詰めことになったです。南西諸島にミサイル配備をすればどうなるか、そのことを私たちは知らなければなりません。
 前回のFBで大きなことを言ったばっかりだけど、足元のピンチで苦しんでいる。こんな事なら、黙ってしおらしくしていれば良かった・・。
 以下をご覧ください。


 コロナ禍の中、コメ農家が大ピンチです。菅野農園でも「環境と食べる人のいのちに寄り添う」という志でコメ作りを進めてきましたが、殺菌、殺虫、化学肥料ゼロか、出来る限り化学に制限を加えたコメと謂えども、ダブつく在庫に頭を抱えています。
「このままなら安売り市場に投げ売りせざるを得ない。でもそれでは専業農家として暮らせない。」
こんなジレンマの中で悪戦苦闘しています。
おそらく全国の稲作農家も同じ状態でしょう。何とか出口を確保できた農家が、相互に融通しあい、支えあうしかないのだと思います。
 でも、生協などでは年間契約の為に、にわかに他から買い求める事が出来ないという事情も分かります。ですから無理をしないで下さい。

 ですが、まだお米の取り寄せ先が決まってない方がおいででしたら、菅野農園ホームページを検索してみて下さい。そこを基点に農家の横の連携を取りながら、対応して行きたいと思っています。ご協力いただけたらありがたいです。

菅野農園;ホームページ https://kanno-nouen.jp/
 
 俺は最近とみにコカ・コーラとトカゲを思う。

 トカゲをビンの中に入れて飼っていたら、やがて成長しビンから出られなくなってしまった。そんなトカゲに向かって、お前にはビンを割って出てくる力なぞはあるまい、そうだろうニッポン・・と寺山修司。コカ・コーラはアメリカ。

 戦後80年にもなろうとしているのに・・国を代表する外交政策も、国内政治の舵取りも、その予算編成も、当然ながら沖縄も、その他の基地問題も、原発も、農業政策も・・コロナ対策でさえ、コカ・コーラのビンの中、アメリカの言いなりだ。こんな国は世界に例がない。誇りを失った国、「植民地」ニッポン。


「イイじゃないか、その方が軍事費が掛からないし、安上がりでトクだから」
 バカタレ!損得のはなしでない!

この国の自立とそこにすむ我々の尊厳にかかわることだ。
日本をそのくびきから解き放つために、命がけで奮闘する政治家はいないのか。


 過日、鹿児島の知覧に行って来た。若くして、特攻で死んでいったたくさんの青年たちの手記に出会うためだ。18で、19で、20歳・・で。自分たちの死から教訓をくみ取ってくれるなら、決して無駄死にではないはずだ。そう信じて飛び立って行った多くの青年たち。そんな彼らの、たくさんの手記に出会えた。俺は戦後世代だ。彼らが託した「未来」の中に生きている。


 そして、悔しいが、いまだにビンの中だ。
 彼らに対して恥ずかしくない生き方は当然だが、単なる個人の「生き方」に留まってはならない。さて、どうする。どこから始める?


 いやいや、ちょっと待てって!決してイイカッコしいで言っている訳じゃないって!
2月のわが里は積雪120cmを超える純白の世界。
それは同時に静寂の世界でもある。
流れる小川は雪で覆われ、せせらぎの音すら外に漏らさない。
樹々も雪に包まれ、そばを通り抜ける風は小枝を揺らさず、静かにすっと通り過ぎていくだけだ。
スズメやカラスでさえも鳴き声を出さず、シ〜ンとした無音の季節。
冬。

 雪の下では土たちがゆっくりと眠っている。
いいかい、彼らを決して起こしてはいけないよ。
真冬の時ぐらい休ませてあげよう。
 やがて、草木が目覚めるよりも少し早く起きだし、彼らに芽吹く力を送らなければならないのだから。
置賜自給圏を共にやって来た議員の友人から
「山形県議会の推奨図書に菅野さんの『七転八倒記百姓記』が推薦文付きであげられていたよ」と,
写真付きで送ってくれました。
その人の気持ちがうれしいですね。
一人でも多くの議員に読んでもらいたいです。
2日ほど前の話だけど、その日の朝はきれいに晴れ渡った青空で、厳しい寒さ。
温度計はマイナス12度を指していた。
こんな日には「ダイヤモンドダスト」が現れる。
「何それ?始めて聞いた」
こんな人がほとんどだろうな。

大気中の水蒸気が小さな氷晶となり、太陽の光に照らされてキラキラ光りながら空中を漂う。
そしてゆっくり舞いながら降りてくる。

キラキラキラキラ・・・。とても幻想的だ。
 見慣れているはずの私でさえ「ホ〜ッ!」と思わずため息が出るような魅惑的な光景だ。

 写真?
 そんなものはありません。
これは、北国で暮らす私たちに、自然が与えてくれたご褒美なのです。
旅に出るって聞いたけど・・置賜自給圏への取り組みも、レインボープランもそのままにして旅に出るのかい?

あなたには言い出しっぺとしての責任があろうが!とのご意見が幾つか寄せられました。

ご安心ください。外に出るとは言っても、行きっぱなしではありませぬ。
地域にいる方がはるかに長く、また外に出るのも知識とエネルギーを蓄える必要性があってですな・・ミドモはやることはやらなければといつも責任を・・信用・・

待て待て! こんな「弁明」をしている俺って何なんだ。