ぼくのニワトリは空を飛ぶー菅野芳秀のブログ
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俺の憲法
俺が2ヘクタールほどの水田農業を継いだのは26歳の春だった。出稼ぎ農家から兼業農家に変わっていた父親は、すべてをお前に任せると言ってくれた。そこで農業に就くにあたって、どんな農業をやりたいのか、農民としてどう生きたいのか。まずは「憲法」を作ろうと考えた。俺のことだ。これがなければ右に左に・・と、大きく迷走し、自分の農業を見失ってしまうだろうし、人生だって危うくなりかねない。それを防ぐためにも指針が必要だ。
まず、「憲法」の基本を「楽しく働き、豊かに暮らす」と定めた。よくよく考えてみるとやっぱりここに行き着く。農業を生業に選んだことの意味はこれに尽きると。誤解の無いように言っておくが、「豊かさ」とはお金のことではないぞ。その上で「四つの基本」を決めた。
1、自給を大切にする農業。
2、食の安全と環境を大切する農業。
3、農的景観を大切にする農業。
4、農家であることを家族で楽しめる農業。
このように作るべき農業の基本を定めた。なんかねぇ。若いというか、このあたりはかなり理屈っぽい。
次は肝心の、どんな作物を導入するかだ。冬でも農業ができることが必要だ。雪が降ったら家族と別れて出稼ぎに行くようでは父親の世代と同じになってしまう。
ハウス栽培は?雪や風に悩まされそうだ。シイタケやなめこなどのキノコ類は?これもどっかジメジメしている感じでしっくりこない。民芸品づくりは?なんかめんどくさそうだ。それに手しょうが悪い俺のできる世界ではない。いろいろ考えてみるが、これだという世界は見当たらない。そこで幸せそうに暮らしている自分の姿が想像できない。他方で俺が求めているのは肥料の自給。家畜がいて堆肥を作り、肥料を自給できる「有畜複合経営」だ。どのような家畜を買うのか。ここは米沢牛の産地。でも資金の無い俺には牛舎を建て、一頭数十万もする子牛を買ってくるというのは不可能だ。豚とて同じ。豚舎に子豚、元手がかかりすぎる。目指す農業の大枠を定めてはみたものの、そこから先がなかなか見えなかった。
出口は、偶然手に取った「現代農業」という農業雑誌。そこにはニワトリを大地で飼う「自然養鶏」が紹介されていた。これなら水田との組み合わせができる。くず米、くず野菜、田畑の草などをニワトリに。ニワトリのフンを田畑に。健康なコメと玉子、鶏肉を得るだけでなく、肥料も自給できる。鶏舎の周囲には梅や桜、スモモなどを植えよう。これらは様々な花を咲かせ鶏舎を飾るだろう。暑い夏にはニワトリたちに涼しい日陰を作ってくれるに違いない。その果実からお酒を造ろうか。玉子は市場ではなく直に町の消費者に届けよう。「通信」を書き、玉子に込めた私の思いも伝えて行く。人と人とが食べ物を通してつながっていける。一緒に地域を豊かにできる。市場に出すだけの農業では味わえない醍醐味だ。これで農業がより面白くなっていくに違いない。次々と発想が膨らんで行った。
あれから40年。鶏舎のまわりに植えた梅や桜は大木となり、二人の子どもはニワトリ達と戯れながら大きくなった。息子は我が家の農業を継いでくれている。今も200軒のお宅にお米や玉子を配っている。だいたい計画通り歩いて来ることができたと思う。いま、改めて、来し方を振り返ってみると、俺の歩みを支えてくれていたのは俺の「憲法」の力だったと気づく。
今は農業の中心が息子に移った。今度は息子が「憲法」を書く番だ。どんな憲法を書くのだろうか。傍で邪魔せずに見ていたい。
拙文 大正大学出版会 月間「地域人」掲載
2019.01.21:
kakinotane
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「ぼくのニワトリは空を飛ぶ〜養鶏版〜」
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https://kanno-nouen.jp/
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俺が2ヘクタールほどの水田農業を継いだのは26歳の春だった。出稼ぎ農家から兼業農家に変わっていた父親は、すべてをお前に任せると言ってくれた。そこで農業に就くにあたって、どんな農業をやりたいのか、農民としてどう生きたいのか。まずは「憲法」を作ろうと考えた。俺のことだ。これがなければ右に左に・・と、大きく迷走し、自分の農業を見失ってしまうだろうし、人生だって危うくなりかねない。それを防ぐためにも指針が必要だ。
まず、「憲法」の基本を「楽しく働き、豊かに暮らす」と定めた。よくよく考えてみるとやっぱりここに行き着く。農業を生業に選んだことの意味はこれに尽きると。誤解の無いように言っておくが、「豊かさ」とはお金のことではないぞ。その上で「四つの基本」を決めた。
1、自給を大切にする農業。
2、食の安全と環境を大切する農業。
3、農的景観を大切にする農業。
4、農家であることを家族で楽しめる農業。
このように作るべき農業の基本を定めた。なんかねぇ。若いというか、このあたりはかなり理屈っぽい。
次は肝心の、どんな作物を導入するかだ。冬でも農業ができることが必要だ。雪が降ったら家族と別れて出稼ぎに行くようでは父親の世代と同じになってしまう。
ハウス栽培は?雪や風に悩まされそうだ。シイタケやなめこなどのキノコ類は?これもどっかジメジメしている感じでしっくりこない。民芸品づくりは?なんかめんどくさそうだ。それに手しょうが悪い俺のできる世界ではない。いろいろ考えてみるが、これだという世界は見当たらない。そこで幸せそうに暮らしている自分の姿が想像できない。他方で俺が求めているのは肥料の自給。家畜がいて堆肥を作り、肥料を自給できる「有畜複合経営」だ。どのような家畜を買うのか。ここは米沢牛の産地。でも資金の無い俺には牛舎を建て、一頭数十万もする子牛を買ってくるというのは不可能だ。豚とて同じ。豚舎に子豚、元手がかかりすぎる。目指す農業の大枠を定めてはみたものの、そこから先がなかなか見えなかった。
出口は、偶然手に取った「現代農業」という農業雑誌。そこにはニワトリを大地で飼う「自然養鶏」が紹介されていた。これなら水田との組み合わせができる。くず米、くず野菜、田畑の草などをニワトリに。ニワトリのフンを田畑に。健康なコメと玉子、鶏肉を得るだけでなく、肥料も自給できる。鶏舎の周囲には梅や桜、スモモなどを植えよう。これらは様々な花を咲かせ鶏舎を飾るだろう。暑い夏にはニワトリたちに涼しい日陰を作ってくれるに違いない。その果実からお酒を造ろうか。玉子は市場ではなく直に町の消費者に届けよう。「通信」を書き、玉子に込めた私の思いも伝えて行く。人と人とが食べ物を通してつながっていける。一緒に地域を豊かにできる。市場に出すだけの農業では味わえない醍醐味だ。これで農業がより面白くなっていくに違いない。次々と発想が膨らんで行った。
あれから40年。鶏舎のまわりに植えた梅や桜は大木となり、二人の子どもはニワトリ達と戯れながら大きくなった。息子は我が家の農業を継いでくれている。今も200軒のお宅にお米や玉子を配っている。だいたい計画通り歩いて来ることができたと思う。いま、改めて、来し方を振り返ってみると、俺の歩みを支えてくれていたのは俺の「憲法」の力だったと気づく。
今は農業の中心が息子に移った。今度は息子が「憲法」を書く番だ。どんな憲法を書くのだろうか。傍で邪魔せずに見ていたい。
拙文 大正大学出版会 月間「地域人」掲載