ぼくのニワトリは空を飛ぶー菅野芳秀のブログ

 田植えの最中だ。田んぼの周りにはオオイヌノフグリ、忘れな草、我が家の周辺にはつつじ、すもも、かりんなどの様々な草木が花を咲かせていて、疲れた身体を慰めてくれる。

 久しぶりに花に誘われて、さくらんぼの木の下でポーズをとってみた。のどかなひととき。でもひとたび苗代に目をやれば、僕ののびやかな心がかき乱される。

 原因はスズメ。育ててきた稲の苗を突っついては、次々とダメにしてしまうのだ。その被害が少しだけならばかわいいスズメ達のこと、大目にも見るのだが、全体の一割にも及ぶとなると限度を超える。

「モミをねらっているのだよ。芽が伸びて葉が茂ってしまえば来なくなるさ。」
被害の出始めの頃、近所の人達はそう言って慰めてくれた。ぼくもいままでの経験からいってその見方に間違いあるまいと思っていたのだが、甘かった。葉が茂り、苗となって田んぼに植えることができるようになっても被害が続いた。

大きな声を出したり、ほうきを振っておどかしたり・・・。そのときは追い払うことができてもすぐにまたやってくる。きらきら光る「防鳥テープ」を張り巡らしてみた。苗代全体に釣り糸を張ればいいと聞いて、それもやってみた。でも全くといっていいほど効果はなかった。大切な苗代はさながらスズメ達の日常的な食卓か、いい遊び場となってしまった。にぎわいながら木々と苗代の間を往復している。

そんなスズメ達をこの冬のあいだ中、ずーっと僕が援助していたのだから情けない。

僕は雪におおわれた冬の間、さぞひもじかろうと、鶏舎に入ってニワトリ達のエサをついばんでいるスズメたちを、追い払わずに見逃してきた。彼らがえさを作る作業小屋にも入ってきて原料を食べている時だって、僕はそれを追い出したりはしなかった。そのことでスズメたちはずいぶんと助けられたに違いない。元気に冬を越せたはずだ。なのにというべきか、その結果というべきか、いま彼らは活発に僕を困らせている。そう思うと複雑な気分だ。

「いいか、よく聞けよ。『舌きりスズメ』の話しを知っているか。お前達の祖先は決して恩をアダで返したりはしなかったぞ。立派な祖先を持ちながら、どうしてお前達は僕を困らすのだ。」

しかし、よく考えてみれば、スズメ達は、自分達が生きるために目の前の食べ物に手を出しているだけだ。ただそれだけのことだ。それを「恩」だ「アダ」だと言わずに、僕は僕で生物の一員として、自分達の食べ物を守るために、スズメ達を追い散らかすだけでなく、場合によってはやっつけてしまえばよかったのだ。切羽詰っていたら必ずそうしただろう。そうしなかったのは、決して優しさからという類のものではなく、「食」に対する切迫感という点で、それほど深刻ではなかったからだ。

「食」の前ではスズメ達より僕の方が甘かった。
冬の鶏舎でも苗代でも、スズメ達の気迫勝ち。
そういうことだよ、よしひでくん。




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