ぼくのニワトリは空を飛ぶー菅野芳秀のブログ


ニワトリの鳴き声は様々だ。メンドリは小さな声で「クワックワッ」とか、「コーコー」と鳴く。オンドリの鳴き声は大きく、鳴きかたもメンドリとは違っている。「どんなふうに鳴くの?」と問われれば、ほとんどの人達は口をそろえて「コッケコッコー」と答えるだろう。マンガや絵本にもそう書かれている。でも実際は一様ではなくオンドリはそれぞれの声をもっている。

ある日、「おまえのところに、『おかぁさぁーん』と鳴くオンドリがいるなぁ。な
んだかしみじみするよ。」そう教えてくれたのは隣の家のおばあさんだった。注意し
て聞いてみると確かにそう聞こえる。ニワトリ達は玉子からかえってすぐに我が家に
来る。だから当然のことながら親を知らない。せつないのかい?淋しいのかい?と尋
ねたくもなるが、これはおもしろい。
他にも意味をともなって聞こえる鳴き声はないだろうかとさがしてみたら、いるい
る。こんどはこうだ。「ちょっとだけよぉぉー」。まぎれもなくそう聞こえる。オン
ドリがこのように鳴くのはいったいどんな背景があってのことだろうかと、ここでも
しんみりしてしまうのだが、このことを近所の人達に話したらニワトリ小屋の周りに
人が集まるようになった。

遠くからわざわざやって来る人もいる。「本当だ。ちょっとだけよと鳴いてい
る」、「こんどはおかあさんだ」としばしの時間にぎやかに楽しんでいく。玉子でもなく、草地の上をのびやかに遊んでいるニワトリ達の姿でもなく、鳴き声が人を呼ぶなんて考えもしなかったことだ。人が来てくれるのはうれしい。僕の単調な農作業の
日々に彩りが一枚加わった。

この二羽以来、僕はヒヨコがオンドリとして成長し、やがてトキの声をあげるのを
心待ちするようになった。 でも5,6年の間、意味を含んだ声にはであえなかっ
た。日々の忙しさの中でオンドリの声を楽しむ気持ちが薄らいでいたせいかもしれな
い。

ところがこの秋、ついにやってきた。春に入れた二羽のオンドリが、それぞれに意
味を持った鳴き声を放ちはじめたのだ。一羽は「よっしひでっくぅーん」二羽目が
「よかったねぇー」って。うそのような話。ちなみに僕の名前は「よしひで」だ。
朝の早いうちから「よっしひでくぅーん」と繰り返されると「早く起きて働けよ」と言われているようで寝ていられなくなるが、気持ちが沈んでいるときの「よ
かったねぇー」はありがたい。これから数年間、この声と一緒だ。そう思うとたのしい。
ニワトリの声は「コッケコッコー」だという先入観で聞けば、「おかぁさぁーん」
にも「よっしひでくーん」にも出会えなかったとおもえる。先入観を離れてこそ、多
様な声に気づく。それを教えてくれた隣のおばあさんには感謝だね。




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