午前3時。
半ば朦朧としながら、
産まれたての赤ん坊とガチで対峙していると、
時折人間の眠っていた能力が呼び起こされる。
当たり前だが彼らは言葉を話すことが出来ない。
だから自分の感情や要求をノンバーバルな
パッションで伝える他ない。
にも関わらず、
我々大人はその要求を割と的確にキャッチする。
(と言っても、腹が減ったとか、
うんこして気持ちが悪いだとか、
何と無く物足りないから抱っこしろだとか、
要求の種類は限られてはいるのだが。)
何が言いたいかというと、
我々は普段言語に頼り過ぎていて、
言葉を獲得する以前にあったはずの
発信と受信の能力をあまり信用していない。
以前海外を放浪したときに感じたことは、
「めっちゃありがとう」とか「まじごめん」とか、
ここ一番で伝えないといけないことは
言語を習得していなくても伝わるということだ。
というか言語が話せない方が
伝わるかも知れないとさえ感じる。
野球投手でいうところのコントロールが、
ニュアンスを正確に伝えることだとすれば、
パッションはスピードとか球威みたいなものだと思う。
赤ん坊が投げる球は、常に大谷翔平ばりの豪速球です。
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テクノロジーの進化がもたらすもの
未来に想像を働かせてみる。
テクノロジーの進化がもたらすもの。
それは多分、あらゆる境界が曖昧になり、
取り払われていくことだと感じる。
国と国との境界、
現実と仮想との境界、
人間と機械との境界、
健常者と障害者との境界、
大人と子供との境界、
自分と他人との境界、などなど。
今現在物理的な壁として存在しているものの間に、
テクノロジーが仲介することで、
それは次第に溶け合っていくだろう。
時間と空間は限りなく圧縮され、
紛争や格差などの現存する問題が、
AIによって最適処理されていくだろう。
人口は次第に減っていって、
もしかしたら地球にも優しいかも知れない。
それほどインターネットという
技術革新がもたらしたインパクトは甚大だなーと感じる。
それが人類という種にとって、
良いのか悪いのかは分からない。
僕という個体にとって、
良いのか悪いのかも分からない。
生きるという過程において課題となるものを、
すべて取り除いていった先の黄昏の世界には何が残るか?
ふと「風の谷のナウシカ」のワンシーンが浮かんだ。
テクノロジーの進化がもたらすもの。
それは多分、あらゆる境界が曖昧になり、
取り払われていくことだと感じる。
国と国との境界、
現実と仮想との境界、
人間と機械との境界、
健常者と障害者との境界、
大人と子供との境界、
自分と他人との境界、などなど。
今現在物理的な壁として存在しているものの間に、
テクノロジーが仲介することで、
それは次第に溶け合っていくだろう。
時間と空間は限りなく圧縮され、
紛争や格差などの現存する問題が、
AIによって最適処理されていくだろう。
人口は次第に減っていって、
もしかしたら地球にも優しいかも知れない。
それほどインターネットという
技術革新がもたらしたインパクトは甚大だなーと感じる。
それが人類という種にとって、
良いのか悪いのかは分からない。
僕という個体にとって、
良いのか悪いのかも分からない。
生きるという過程において課題となるものを、
すべて取り除いていった先の黄昏の世界には何が残るか?
ふと「風の谷のナウシカ」のワンシーンが浮かんだ。