多田耕太郎BLOG

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集安市内には、世界遺産に登録された、高句麗の城趾や貴族の古墳がたくさん残っているということも、今回旅の目的地に選んだ理由でした。
二世紀から六世紀頃までに栄えた高句麗が、朝鮮民族の祖先なのかは学説が定まってはいないようですが、この集安の後に平壌(ピョンヤン)へ首都を移しているので朝鮮民族にとっては、日本人にとっての奈良、或いは飛鳥に対する想いと重なるのではないかと思います。
今回見学したのは、写真の将軍墳のほかに、好太王碑、太王陵、丸都山城、兎山貴族墓地です。
それぞれの史跡には、たくさんの韓国人の観光客がバスを連ねて訪れていました。
特に、好太王碑の人気はとても高いようで、碑の土台の石の上にはウォンの少額紙幣がたくさん供えられいるのが印象的でした。
午前中に、それぞれの場所を昨日のタクシー運転手の劉さんに案内して貰い、午後一時半発のバスで通化へ、そしてその先の瀋陽市を目指して出発しました。
8月6日でした。
2010.09.04:多田耕太郎:count(2,550):[メモ/中国 東北地方旅行記2010]
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