先週、高内庄太郎さんが亡くなられました。私は高内さんの訃報を聞いたときに、高内さん個人の人生の終焉というよりは、高齢者が営む果樹農家の終焉を象徴する事態と思いました。
高内庄太郎さんは、私の父と小学校時代の同級生で、父と同じくらいの規模で果樹、稲作を営み、私の父とは無二の親友として付き合ってくださり、私がさくらんぼの仕事を始めたときも、親身に指導、助言を下さいました。 一昨年、父が亡くなったとき、「身を切られるような思いだよ、耕太郎君」と言われたのを思い出します。昨年のさくらんぼシーズンに、「俺のさくらんぼ畑を引き継いでやってくれないか、自分が出来るのはあと何年もないし、息子達では、とても出来ないから」などと話していました。私は、自分の今やっている畑で手一杯だし、第一、庄太郎さんがさくらんぼを止めたらボケてしまうんじゃないですか、などといって、話は終わったのでした。 周りを見渡してみると、農家、特に果樹農家は高齢化が進んでいます。高内さんのように、私達世代の父親世代の人達、所謂、後期高齢者が現役で作業をしています。稲作は基盤整備も整い、機械化も進んでいるため、比較的農地が集約され委託経営が行なわれやすい環境にあるし、私達の世代が作業全般を会社などに勤務の片手間に仕事して行うことも、多少の無理をすればこなせなくはない、と思います。でも、果樹、特にさくらんぼの栽培は最低でも6月から7月中旬まで集中的に作業をしなければならないので、勤務の片手間でさくらんぼを作ることは不可能です。 最近、高内さんが昨年私に話したようなことを、実際にお願いされることが何件かありました。私は話を伺う度に「引き受けることはたぶん出来ないだろう」と思いながら園地に出向きます。それらの園地はよく手入れされ、多分素晴らしい実を着けるだろうと思われる樹もありますが、園地の造りが消毒機械の乗り入れが出来なかったり、雨よけパイプハウスが老朽化していて、借りた途端にかなりの改修が必要だったりします。依頼を受けたすべてての方に断りの返事をしたことは、言うまでもないことです。 作り手の居なくなったさくらんぼ畑は悲惨です。リンゴや梨のように、すぐに切り倒して整地する、と言う訳にはいかないからです。パイプハウスを撤去するのに多額の費用がかかりますから、放置された赤錆だらけのパイプハウスの中に無残な老木を見るのは、偲びがたいです。 高内さんのさくらんぼ畑を今年から管理して下さい、と息子さんから頼まれましたが。さて、どうしたものかと思案しています。 ...もっと詳しく |
ダイアナブライトの膨らみかけてから成熟するまでの様子は、初々しい少女が成長していく過程を連想してしまう程、デリケートで近寄りがたい気品さえ感じさせます。この品種の来歴をひもとくと、山辺町の苗木育種業者の佐藤光之助さんが、英国のダイアナ妃がご成婚為された年にそれにちなんで品種登録されたのです。苗木販売の際には、国産さくらんぼ中、最大級に粒が大きく豊産性で、食味もすこぶるよい、といわれ多くのさくらんぼ栽培農家が苗木を購入し、栽培に意欲を持ったようです。私の父も苗木を購入し育てた一人でした。でも、樹が成長し結果するようになるまでの期間を佐藤錦に比べると数年遅く、その上佐藤錦と同じような栽培管理をしたのでは豊産性の品種とは言い難い上に、成長する枝もじゃじゃ馬的で、剪定には苦労するのです。尚且つ、さくらんぼの樹にとって大敵のウイルス性の樹脂病という病気に感受性が高く、せっかく育て収穫時期を迎えた十年生位の多くの樹の枝や樹全体が枯れ死してしまったりもしました。そんな品種ではあっても、確かに実った果
実はとても大きくすばらしい食味でした。しばらくは山形県の奨励品種にもなっていましたが、偶然でしょうが、あのダイアナ妃が離婚し亡くなられた頃にはこのダイアナブライトを作り続けている人は数える程になりました。でも私は、敢えてこの品種にこだわり作り続けて行こうと思っています。物語には続きがあるし、それを創りたいとも思っているからです。 ...もっと詳しく |
多田農園のすべての箱に印刷されているさくらんぼは、この絵を原画にしています。親バカと言われるかも知れませんが、さくらんぼの栽培、販売を始めてからこの十四年の間に、たくさんのさくらんぼを描いた絵をいただいたりしましたが、この娘のさやかが描いた紅秀峰が一番気に入っています。モデルになったさくらんぼは二週間程、冷蔵保存されたものですが、その質感もよく描かれていると思います。
家族で話をしているとき、紅秀峰のしっかりとした肉質までも感じられると言ったら、息子が「父ちゃんはどこまでも、さやかに甘いね。」と言われたのを思い出します。 ...もっと詳しく |
もう、何日もしないうちに本格的な収穫になりますが、昼と言わず夜と言わず、肥大によって起こる僅かな実割れの心配をしています。
水分管理は私の手の届く範囲ですが、それ以外の日射量や温度は多少の加減は出来ても大きく変動するのを祈るような気持ちで見守る以外ありません。 葉詰みを行なうのを極限まで我慢し一気に肥大するのを待つのです。なおかつ着色もまんべんなく廻るようにしようとすることは葉摘みのタイミングの見極めが一番のポイントになります。 本当にいいものをつくるということは、自然を相手にする以上、大きなリスクを抱えていることではないか、そのリスクをしのぐすべや思い切りよく決断できる気持ちを持つことではないかと、最近思うようになりました。 こんなことを考えながら、さくらんぼを作っている者として、私の自信作のさくらんぼがあと十日後位に、たくさんの方々の口に入り、一瞬の味わいを残すことになるのでしょうが、その時、僅かでも作り手の想いや、育った環境を感じていただければいいのですが。 |
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