有限会社コンサルネット

コンサルネット
実力主義に徹する

 組織を運営していく上で最も重要なことは、それぞれの組織の長に本当に力がある人が就いているかどうかということです。

本当に力がある人とは、職務遂行能力と共に、人間として尊敬され、信頼され、みんなのために自分の力を発揮しようとする人です。

こうした人が組織の長として、場や機会が与えられ、その力を充分に発揮できるような組織風土でなければなりません。

そうした実力主義によって組織運営が行われれば、その組織は強化され、ひいてはみんなのためになっていきます。

京セラでは、年功や経歴といったものではなく、その人が持っている真の実力が、全てを測る基準となっているのです。

大家族主義で経営する

 私達は、人の喜びを自分の喜びとして感じ、苦楽を共にできる家族のような信頼関係を大切にしてきました。

これが京セラの社員同士のつながりの原点といえます。この家族のような関係は、感謝し合うという気持ち、お互いを思いやる気持ちとなって、仕事をしていく基盤となりました。

家族のような関係ですから、仲間が困っているときには、理屈抜きで助け合えますし、プライベートなことでも親身になって話し合えます。

人の心をベースとした経営は、とりもなおさず家族のような関係を大切にする経営でもあるのです。
お客様第一主義を貫く

企業が利益を追求する集団であるということをはき違え、自分たちだけが儲けんがため、という仕事の進め方をしているケースがあります。

これは絶対にあってはならないことです。社外の客先は当然ながら、社内の部門間であっても、相手に喜んでいただくということが商いの基本です。

私たちが納期に追われて一生懸命に働くのも、お客様が必要とされるときに品物を届けたいと思うからです。

また、“手の切れるような製品”をつくらなければ ならないのも、お客様の要望に応えたいと思うからです。

そして、お客様がさらに高い利益をあげられるように、新製品の開発を行わなければならないのです。

全ては、お客様に喜んでいただくという一点から出ているのです。

自分たちの利益のみを考えるケースが今非常に多いようですが、そのように自己中心的にものごとを考えている人には、ビジネスチャンスは訪れにくいものです。

素晴らしいビジネスができる人とは、相手が儲かるようにしてあげる人です。これがビジネスチャンスをもたらし、ひいては自分の利益も生むのです。


原理原則にしたがう

常に、原理原則を基準として判断し、行動しなければなりません。

とかく陥りがちな、常識とか慣例などを例に引いた判断行動があってはなりません。

常識や経験だけでは、新しいことに遭遇した場合、どうしても解決がつかず、そのたびにうろたえることになるからです。

かねてから原理原則に基づいた判断をしていれば、どんな局面でも迷うことはありません。

原理原則に基づくということは、人間社会の道徳、倫理といわれるものを基準として、人として正しいことを正しいままに貫いていこうということです。

人としての道理に基づいた判断であれば、時間、空間を超えて、どんな環境でも通じていくものです。

そのため、このような判断基準を常に持っている人は、未知の世界に飛び込んでも、決してうろたえたりはしないのです。

新しい分野を切り開き、発展していくのは、豊富な経験を持っているからではありません。常識を備えているからでもありません。

人間としての本質を見すえ、原理原則に基づいた判断をしているからです。

公明正大に利益を追求する

経営者は、自分の企業、集団のために、利益を追求しなければなりません。

これは決して恥ずべきことではありません。自由競争の原理が働いている自由市場において、堂々と商いをし、得た利益は正当なものです。

厳しい価格競争の中 で、合理化をし、付加価値を高める努力を払い、経営者とその集団が額に汗してかち取った利益ですから、堂々と得られてしかるべきです。

しかし、利益を追求するあまり、人の道として恥ずべき手段をもって経営を行ってはなりません。

公明正大に、仕事を通じて、製品を通じて、自分たちの努力の成果として、高い利益を得るという、正道を歩むべきです。

人々の利益に反するような、卑劣な手段をもって、一攫千金を夢見るようなことがあってはなりません。石油ショックのころ、千載一遇とばかり、物を売り惜し み、値をつり上げた企業がありました。

しかし、今も成長発展を続ける企業の経営者に、あのとき我を忘れて、暴利をむさぼった者はいないはずです。もし、あったとすれば、その企業の余命はいくばくもないと私は思います。

京セラの創業者・稲盛和夫名誉会長のご逝去を悼み心よりお悔やみ申し上げます。

今日から、稲盛会長のご偉業に対し尊敬と感謝の念を込めて「京セラフィロソフィー」をご紹介します。

第一回は、第一章「経営の心」より、「心をベースとして経営する」です。

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心をベースに経営をする

 京セラの経営のベースとして、「人の心」というものが非常に強い規範になっています。

 創業当初、頼るべきものといっても、お金もありませんし、あるといえば私の持っているセラミックスの技術だけでした。その技術も日進月歩の技術革新の世界です。

 そのような中で、私は一体何を頼りに経営していけばいいのか、確かなものとは何かを真剣に考えておりました。悩んだ末「人の心」が一番大事ではないだろうかと考えました。

 歴史をひもといてみても、人の心というのは非常に移ろいやすく、頼りにならなくてこれほど不安定なものはないという事例をいくつも見出すことができます。しかし、同時に世の中でこれほど強固で頼りになるものもないという事例も数多く見出すことができるのです。

 私はそういう強くて頼りになる、物よりも何よりも頼りになる、人の心というものをベースにした経営をやって行くべきではないかと思ったのです。

 それでは、どうすればそういう強固で信頼のできる心というものを集めることができるのか。そのためには、中心になるべき経営者(私)が、まずそういう人々のすばらしい心が集まってきてもらえるようなすばらしい心を持たなければなりません。

 また、そういう心を一致団結させ、信じられる者同士の集団にするには、経営者としてのわがままを自戒し、私心を捨ててこの集団のためなら生命をかけて尽くすというくらいの気持ちになって事にあたらなければならないと思っています。

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人の心ほど移ろいやすく頼りにならないと同時に、これほど頼りになるものもない、と考えるところに稲盛さんの真骨頂があると思います。

企業は、「経営者の器以上に大きくならない」といわれますが、器というのは人間の大きさ。つまり、人格的に相矛盾するものを同時に持っている「振幅」のことだといえます。

例えば、

・大胆さと細心さ

・温情さと冷徹さ

・論理的と情緒的

などを状況に応じて矛盾なく使い分けることです。

 これは持って生まれた気質なのか、意識して振幅を大きくできるのかよくわかりませんが、「器を大きくする」という言葉があるということは、努力によって可能なのでしょう。

 稲盛さんは、「私心を捨てて集団のために尽くす」ことが大切だとおっしゃっていますが、それがこれに通じるのかもしれません。