食料補完計画

食料補完計画
待ち時間が出来たので久しぶりに「あゆーむ」へ行ってみた、入り口のギャラリーには小説家の「童門 冬二」氏の直筆の手紙と白鷹町へ講演に来た時の記事「1995年」が展示してあった。

手紙には「上杉鷹山」の名前が「白鷹山」から名付けられた事、そして「道路を壊して桜の木を救った」事が書かれていた。

私もよく知らなかったのだが、年表を見るとこの鮎貝地区は「室町時代は伊達藩」そして「江戸、桃山時代は上杉藩」の領地になっていた様である、山形県の形の「あごから口そして鼻と額」は「出羽の国」として随分と古くから国境だった様子、後頭部から頭部は「奥羽山脈の尾根」からなっており、明治の「廃藩置県」の時に今の「山形県」の形に納まった様である。

5月の13日に「白鷹山の高い山の日」に行ったせいも有ってか「上杉鷹山」が妙に気になっていた、以前も少し調べた事が有ったが気になっていたのは「上杉鷹山は経済的に疲弊していた上杉藩を立て直した」事でバブルがはじけた30年程前に「経営者の手本」として話題になっていた様である。

童門冬二氏の「小説 上杉鷹山」は1996年初版、ビジネス向けの「上杉鷹山の経営学」は1990年8月15日が初版である、この頃にバブルが崩壊した処から氏は「豊かさの中の違和感」を感じて「上杉鷹山公」について調べていたのかも知れない。

あれから30年、途中でリーマンショックなどの事件も有りながら世界経済の発展は先進国から新興国に移りそして「金融と情報」が富を生む時代になっている、そして「富裕層(浮遊層?)」と「負け組」の言葉が現す様な「格差社会」へと進んでいる。

一見豊かだが何かがおかしい?リーマンショックの前までは「国の負債は次世代の負担になる」と言われ慎重論が語られていたが近頃は「貸している人と借りている人が同じなので破綻はしない」こんな話が聞かれて負債はどんどん増えているらしい、ネットで調べてみると「債務超過は世界一」の記事が有る。

もっとも「世界の債務の合計」は「1京9000兆円2018年の記事」だったのが最近では「2京7000兆円2019年4月」とあっという間に8000兆円も増えている、何だかよく分からない世界である。

以前、環境問題で「先進国の様な暮らしを世界中の人が望めば地球が幾つも必要になる」みたいな話題が有った、今世界の人口は「約75億人を越えている」と言われている、何だか「借金が増えて財政難でもリストラできなかった上杉藩」と似ている様なイメージが有る、このままで大丈夫なのだろうか?と思ってしまった。

先の記事で「空海(仏教)は何を間違えたのか」みたいな記事を書いたが、「空海」の伝記を読んでみると「万民の救済」に全精力を傾けた熱意の人に思えて来る、しかし民衆を真に変えて行くにはもっと大きな流れが必要だったのかも知れない。

もしかしたら「空海」そして「上杉鷹山」の情熱は「火種」となって民衆の心の中に眠っているのかも知れない、世界が思いやりに満ちた真の一つになる為に。

「新世界秩序 New World Order」を越えて!

書きながら「本当は良くわからない」です、金額が多過ぎてイメージできませんね。笑

これからの世界に必要なのは「高度な人工知能や高度なセキュリティ」よりも「棒杭の商いの精神」なのかも知れない、鍵も番人もいらない、私の家の近くにも「無人販売の店」が幾つか有るのにはこんな歴史が有ったのですね。

イザベラバードも泊まった旅籠の部屋の仕切りが「紙を張っただけの障子」だったのに驚いた様です、これでも盗難などは一切起こらなかった、と。

先人達は歴史の中に、この閉塞の時代を乗り切る「未来への大きな遺産」を残してくれている様な気がしませんか「全ての問題と可能性は山形県の形(人・人類)に有る?と、有り難うございます。感謝

何だか「神道」の出番が少ないですが、自然環境がそのまま信仰の対象になっているとすれば「いつも無意識に祈っている」のかも知れませんね。

それにしても九州から遥々米沢藩に「上杉 治憲」として婿に来た彼の人生は「数奇」と言うか「情熱に、、、」歌を聴きながら編集していてこみ上げるものが有りました。感謝

普段何気なく住んでいる場所も、見方を変えてみると思いがけない歴史が隠されているのかも知れません、この場所が特別な訳では無く日本中(世界中)に隈無く存在している先人の営みの中から未来へ続く学びは有るのでしょう。

上杉鷹山の言葉

民の父母

「受次ぎて 国の司の身となれば 忘るまじきは民の父母」

上杉鷹山が、17歳で第9代米沢藩主となったときの決意を込めた言葉です。
現代訳は、『藩主としての自分の仕事は、父母が子を養うごとく、人民のために尽くすこと』という意味だそうです、17歳の若さで、、、。

そう言えば「ホツマツタエ」には、「アマテル」が荒れ狂う「ソサノオ」に送った歌が有ります、民を預かる地位に有る者の心がけを説いています。

「あめがした わやしてめぐる ひつきこそ はれてあかるき たみのたらちね」
「天が下 和やして巡る 日月こそ 晴れて明るき 民の両親」

「ソサノオ」はこの教えの意味が理解できずに大事件を起こしてしまい「高天原」を追放されてしまいます、流浪の旅の途中で「ヤマタノオロチ」を退治し、助けた「クシイナダヒメ」と結婚して漸く立ち直る事が出来ました。

その時、自身の行いを反省して歌ったのが

「あもにふる わがみのかさゆ しむのみき みちひはさまで あらぶるおそれ」
「天下に降る 吾が蓑笠ゆ シムの実木 三千日はさまで 荒ぶる恐れ」

鳥居礼さんの約です

「私は、天の宮殿を追われ下民となり、蓑笠を身にまとい出雲に下った。このようになったのもひとえにわが身の血に染み付いた荒金の性格からである。三千日にも及ぶハタレ魔の動乱も、元はといえば自分のせいだ。荒ぶる心とは本当に恐ろしいものである。」

この歌を聴いてようやく許された「ソサノオ」が読んだのが有名な歌です。

「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠めに 八重垣作る その八重垣わ」

「ソサノオ」の物語りを読んでいると、「人類史」と「ソサノオ」と「人」の生長がオーバーラップしてくる、人に思春期や反抗期が有る様に人類も戦国時代(中世時代)や世界大戦を経験して来た、しかしまだ「大人」と言えるには大きな課題が残っている様にも思える。

今朝みつけたこの記事を読んでみて欲しい。

27年前の地球環境サミットでのスピーチである。

http://slowfood-friends.org/old/archives/2011-05-16/01.htm

あれから約30年、大人になるとは、、、よほど追い詰められないと弱者の声が聞こえなくなる、と言う事なのでしょうか。反省

現代の豊かさを思うと「上杉鷹山」は無理に「一汁一采」を強要したりはしないと思う、しかしこの豊かさを支えながら背景で犠牲になっているものの存在が有る事にも想いを巡らせて欲しいと言っている気がする。

1999年に世界は滅びる!と言われてから20年、経済が成長して「お金が沢山在れば皆豊かになれる」はずだったけど世界の半分の富をたった10人位が持っている?桑を植え、紅花を育て経済を立て直した「上杉鷹山」が目指したものはまだ道半ばな想いがする。


「情熱に届かない〜Don't Let Me Go 」

Don't Let Me Goは直訳で
『私を行かせないで!』
です。シチュエーションによっては
『引き止めてよ!』とか色々考えられますね。

??「上杉鷹山」の情熱はまだ届いていない、道半ば?まだやり残している事が有るから?まだ過去の人にして欲しくない?まだ成仏していないのでしょうか?あなたに「火種を伝える為」に。

♫失くしきれないあのときの夢 いつか情熱に届きたい
  忘れたくないあのときの夢 今は情熱にとどかない♬

 あのときの歌 あなたの声でもう一度だけ♬

https://www.youtube.com/watch?v=MRemtI3Azy8
先のに書いた「チコちゃんに叱られる」の記事の時にも気になっていたのだが「日月神示」では何故に「仏教の渡来を仏魔が渡り来て」と言っているのか、しかし完全に否定している訳でもない「同じ本質から生まれたものなので仏教・キリスト教・神道も(各宗教は)力を合わせて」ともある。

仏教伝来以前の日本には「古神道」と呼ばれる「アニミズム」的な宗教が存在していた様であるが私には良くわからない、しかし仏教がもたらされた事で変わったのは「自然の働きに名前を付けた抽象的な神の概念に、視覚的なイメージを与えてある意味で分かりやすくした」事だろうか?、イメージを「形」として固定、仏像や絵画の形で継承できる様にした、とも言える。

その事は見方を変えると「所有と相続」例えば「持つ者と持たない者」と言った関係を強化する事になっていったと思われる、自然が「共有から私物化」の対象へ変化していったとすれば「宇宙と一つ」の概念から離れてしまう?のだろうか。

先頃、天皇陛下が世代交代したが、その時「三種の神器」を伝承する儀式が有った。


祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵におなじ。

『平家物語』第一巻「祇園精舎」より

世界は好景気に湧いているが「格差社会」への警鐘の様に思える。
小学生の頃から、社会の授業が苦手だったので「歴史」には余り関心が無かった、数年前に「寺の総代」を頼まれてから少しずつ学んではいるが何がいつ頃起きていたのか「時代感覚」が良くわからなかった、色々と記事を書いているうちに「いつ頃起きていたのか」が気になってきた。
そう言えば近くのコミュニティセンターに「鮎貝地区の歴史年表」が飾ってあったのを思い出して早速撮影して来た、携帯のカメラなので写りは今ひとつだが大体の感じはつかめる、時代によって尺度が違うが何となく大まかな流れはつかめて来た。

年表を見てみて出だしから驚いたのは、この年表が「西暦807年」から始まっていたのである、なぜなら「空海」はこの頃に「唐から帰国」しているのだ。

Wikiより
「虚しく往きて実ちて帰る」という空海の言葉は、わずか2年前無名の一留学僧として入唐した空海の成果がいかに大きなものであったかを如実に示している。
大同元年(806年)10月、空海は無事、博多津に帰着。大宰府に滞在し、呉服町には東長寺を開基し、また宗像大社神宮寺であった鎮国寺を創建したと伝わる。日本ではこの年の3月に桓武天皇が崩御し、平城天皇が即位していた。空海は、10月22日付で朝廷に『請来目録』を提出。唐から空海が持ち帰ったものは『請来目録』によれば、多数の経典類、両部大曼荼羅、祖師図、密教法具、阿闍梨付属物など膨大なものである。当然、この目録に載っていない私的なものも別に数多くあったと考えられている。「未だ学ばざるを学び、〜聞かざるを聞く」、空海が請来したのは密教を含めた最新の文化体系であった。

空海は、20年の留学期間を2年で切り上げ帰国したため、空海に対して、朝廷は対応に困ったのか大同4年(809年)まで入京を許可せず、大同元年10月の帰国後は、入京の許しを待って数年間大宰府に滞在することを余儀なくされた。大同2年(807年)より2年ほどは大宰府・観世音寺に止住している。この時期空海は、個人の法要を引き受け、その法要のために密教図像を制作するなどをしていたとされる。

またまた「ここにも空海」である??それも「向福寺建立」である、ここから何かが始まっていたのかも知れないぞ。

「向福寺建立=幸福に向かう地球(テラ)の建立」なのだ、あれから1200年続いた「空海の残したもの」が今問われている。らしい

年表を見てみると「明治維新1868年」以降に「聖母マリアの奇跡」が多く現れている、そして直前の「1854年に光明海上人入定」が有る、万人の安寧を願って「即身成仏」となった「ここにも空海」である、「ルルドの泉」もこの時期だ。

なんでだろ〜!
「高い山の日」の翌日、天童の「免許センター」に用事が有った、天気もよかったので「山寺」まで足を伸ばしてみる、先頃「山寺と紅花のシンポジウム」に参加したが、一部スタッフも兼ねていたのでゆっくり見学が出来なかったこともある。

「高い山の日」も子供達が沢山いたが、今日の山寺にも大勢の子供たちが来ていた、私も今まで何度か訪れた事が有ったが、その度に何かしら新しい発見が有る場所である。

見晴らしの良い「天狗岩」にも行ってみたかったがコースにはロープが張ってあり「立ち入り禁止」になっていた。

日本は1000年に渡り「神仏が習合」してきた歴史が有る、明治に入り「神仏分離」が行われたが大多数の日本人にとっては大きな問題では無かったのかも知れない、昔からもこれからも人種も宗教も言葉も文化も時間も空間もあらゆるものが「自然の営みの一部分」に変わりはないのだから?。

今朝の新聞の記事で「伊勢神宮は20年に一度立て替えが行われるため世界遺産になれない」の様な記事が有った、自然は絶えず変化していくものなのかもしれない、到る処で遺産を守る為に思いがけない人的経済的負担が大きくなって来ている部分がみられる。

明日は「寺の総代会」がある、大きな課題は「過疎化が進み檀家の減少によって寺の修繕や維持が難しくなっている」である、住職のいない寺も増えている。

何でだろう大ヒットした「千の風になって」の歌詞が浮かんでくる?♫私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 眠ってなんかいません♬

さて、どう変化していくものやら。

昨晩のロードショーで「ドクターストレンジ」なる映画を見た、途中からだったので出だしは分からないが「スピリチュアルと東洋思想や魔術、現代医学やハイテク」などなどがミックスされた戦いである、そう言えば「ワンスアポンアタイム」も様々な物語がミックスされている、敵にも味方にも善にも悪にも「複雑な事情」が有る様だ、人類を助ける為に敵(怪獣)を倒す(殺す)「苦悩するウルトラマン」を思い出してしまった。
今月から元号が変わって「令和」になった、5月13日はこのブログにとっても記念すべき日でもある。
前の晩にふと夜空を見上げたらゆっくりと星が動いている、飛行機だったら点滅しているので「人工衛星」ではないかと思われる、移動する人工衛星を見るのは久しぶりだった、??だったのはここからで有る、別な所にもう一つ、そしてもう一つ、合計3個の星がゆっくりと動いているではないか、見失うまで眺めてしまった。
何とこの時は「流れ星」も観ることが出来た、つい見とれてしまい願い事が中途半端になってしまったのが残念です。
「白鷹山」の山頂には四本の登山道が有るが、まだ一カ所通ったことがないコースが有ったので、今年は「萩野口」から登ってみることにした、登山口まではバイクで、途中の「延命水」でのどを潤して歩き始めたが「運動不足」のせいで度々休みながらの登山になった。
山頂では麓の市町村の小学生による「白鷹山ヤングサミット2019」が開かれていた、山間地域の過疎化によって子供たちの数も減っている、里山での生活は共同体の縮小などで年々大変になってきている、、、でも子供達は元気だぞ!

奇しくも「5月13日」はキリスト教の世界でも「奇跡」の日である、今から百年程前の1917年に「ファテマの聖母の奇跡」と呼ばれる出来事が起きて幾つかの予言を残したとされている、この出来事はヴァチカンでも認定されているとのことである。

以前の記事にも書いたが、世界の出来事には何かしら「シンクロ」と言うか「偶然とは思えない様な関連性がある?」のでは無いかと思えることが起きている?、何故か「聖母マリアに関する日付や数字が重なる」のが妙に気になるのです。

「白鷹山の虚空蔵祭り」がたまたま「5月13日」だったのか調べてみると。

毎月13日は➀虚空蔵、➁日蓮聖人、➂松尾大明神、➃稲荷大明神の縁日です。

➀『虚空蔵の縁日』 :
「虚空蔵(こくぞう)菩薩」の縁日です。京都嵐山嵯峨野の「法輪寺」、福島県柳津の「円蔵寺」、茨城県東海村の「日光寺」が日本の三虚空蔵とされています。

※地蔵菩薩像の「地」に対して虚空蔵菩薩像は「天」を象徴する仏で、天台宗と密接な関係があり、また、「星」を象徴する神であるとも言われます。

ちなみにキリスト教では「13」は
「13 は、西洋において最も忌避される忌み数である。「13恐怖症」を、ギリシャ語からtriskaidekaphobia(tris「3」kai「&」deka「10」phobia「恐怖症」)という。
なお、日本においても忌避される忌み数であったとする説がある[1]。

もう一つ「33」も、、、。

これは「地球上の宗教は何かしら同じ起源を持つ」と言うよりは「地球上で生きていると言うことは同じ原理に支配されている」と言うことでもある?。

この空も、この大地も全ての人類や生命が共有している、隣人に礼(令)をもって接し食べ物を分かち合えば(和)和やかになれる、「食うかい(空海)」も「キリスト(飯や)」もそう言っている、そんな事をしたら足りなくなるじゃないか?でも本当は「アマテラス(天照・あまってる)」足りないのは「思いやりと知恵」だぞって。反省

「令和」に生きる子供達への応援「琢磨魂」の「のぼり旗」は飾りじゃないぞって。

琢磨《「詩経」衛風・淇澳から》玉などをとぎみがくこと。転じて、学問・技芸などを練り磨いて向上につとめること。「切磋 (せっさ) 琢磨」

神様達も応援している?、気持ちの良い一日でした。感謝
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今日、グーグルアースで会社周辺を見ていた時、ふいに目が止まった、最上川の川底に水路の様な溝が写っている、これは「船道」として以前から有ったのは知っていたがこのようにはっきりと見える画像は初めてである。

私が小学校の頃、黒滝橋の近くに同級生が住んでいて、夏には右下にある画像の辺りで泳いだり釣りをしたりしていた、この水路状になっている部分は夏の渇水期にははっきりと形が現れていて流れが早く、対岸まで泳ごうとするとけっこう流されてものでした。
深さも結構あって背が立たない位でした、軟弱物の私も何度か泳いだことが有りましたが、川底の真ん中だけが何故か深くなってい部分が「船道」だとは?。

大人になってから知ったのですが、随分と下流まで続いていた様です、現在「荒砥橋」の架け替えの為に「川底に橋脚を立てる」工事をしていますが、たった数メートルの川底を露出させる為でも沢山の鉄の板を打ち込んでいます、一時は増水して重機が浸水してしまったことも有りました。
画像を見るとかなりの長さです、資料には「川の水を迂回させて」みたいな事も書かれていますが大工事だった割には資料が少ない様です、未だに半信半疑な「五百川渓谷開削」ですね。

エジプトのピラミッドもどうやって作ったのか不思議ですが、身近な所にも先人の遺業の痕跡がある物なのですね。

資料
http://mitsurou.com/ecom/note/note0802.pdf

これが本当ならば「偉業」なんてもんじゃない感がありますね、先頃購入した「山形県の生い立ち」にも載っていて岩を砕く実験もしてみた様ですが、、、。
今年も大地に「緑」が息吹き始めました、散歩がてらに「食べ頃だよ」とアピールしてくる野草をゲット、ゴミを取って水で洗って細かく刻みます。
適量の「お好み焼き」の粉と卵をいれてよく混ぜて油を引いたフライパンでお好み焼き風に焼き上げます。(毎年作っているので完成画像は前の記事を参考にして下さい)

今日のメインは「西洋タンポポ」と「クローバー」です、刻むときは繊維が固い感じがしますが、出来上がってみると以外と柔らかいのです、野草だけで食べにくい時は「キャベツ」や「ネギ」を刻んで加えると食べやすくなります。
ソースは各自お好みで!

面白いのは「山菜は食べるけど野草は食べない」爺ちゃんや「野菜嫌い」の息子も食べるのです、私は「知らぬが仏効果」と呼んでいます、一度お試し下さい。

様々な「野草」や「野菜くず」「若い木の葉」なども細かく刻んでしまえば様々な物が食べられる様になります、ポイントは「市販のお好み焼き粉」、「たこ焼き粉」でも良いのですが柔らかくなります、薄く焼いた方が食べやすい気がします。

注;毒のある植物も多いです、野草や山菜の本で確認してみましょう。

品種改良などされていない天然の野草なので「デトックス効果」が有るかもしれませんね、緑のある季節は「食べ物に囲まれている」豊かな気分がしてきます。

「ホツマ焼き」の由来は、ホツマツタエの自然観と言うか、人は空と大地に育まれて生きている、そして自然は本来豊かに食べ物を用意してくれている、そんな感謝の気持ちが湧いてくる様な気がします。感謝

気分転換に散歩に出てみた、何処からともなく良い香りが漂ってくる、探してみたら梅の花が咲いていた。

毎朝散歩していた「チャタロウ(犬)」も老齢で歩くのが遅くなり散歩の距離も短くなってしまった、何だか寂しい気がする、春は特に季節の変化が楽しかった、また時々歩いてみようと思う。

3月8日に「那須」で開かれた「あわ歌会」に参加してきました、昨年「あわうたさん」が体調を崩してから久しぶりにスマホを通してですが「なまあわ歌」を聞くことができました、その時のメッセージです。

この日最初に訪れたのは、岩戸別神社、武運開運の神「天手力雄命」が祭られています、神話で有名な「天の岩戸開き」の話に出てくる力自慢の神様です、処がこの話は「古事記」よ「ホツマツタエ」では同じ様なエピソードなのですが微妙な違いがあるのです。
「日月神示」には「この世の中が混乱している原因の一つは、隠れた神様を騙して力づくで引き出した体主霊従の考え方によるものだ」みたいな事が書かれています。
それに対し何故か「ホツマツタエ」では「隠れた神様を讃える歌をうたい、心を開いて出て来た処をエスコートした」風な物語になっています。
「岩戸別神社」でこの事を思い出しました、比べてみる様にと言われている様に想えて来ます。

その時のメッセージに??と思ったのです。

「降り来たりて その地へ留まり 勇躍 誠を成し逝く成り 中心に 元成る石(意思)を置かれてつなぎて まいられませ」

上手く説明できませんが、必要な場所に必要なものを配置した、勇み立ち心を躍らせて誠を行っていきます、心の中に元からの意思を保って繋いで下さい」(天と地、隣人=縦と横=十字)みたいな、まるで「何かの準備が整って行動に移ります」な感じですよね。
現在、地球の人口は「75億人」ぐらいらしい、全員必要な所に配置されているらしい、もしや「この位の人口がいないと出来ない事」が計画されている?野かも知れない。

第一話
22 世とその中にある一切を創造(つくり)給い、天と地との主であり給う神は、手もて造られた神殿などには住み給わず、人の手によって仕え給わず、又、何ものにも欠乏し給うことはない。なぜならばすべての人々に生命と息とを与え給うたのは神御自身であるからである。
23 又、神は地の表に住まわせるがために、一つの血よりすべての国民(くにたみ)を創造(つくり)給うた。その故に、彼らは神の愛とその被造物とを通して神を求め、神を見出すべきである。

神は、今この時も75億人の人々を養っている、彼らは本来同胞であり兄弟である、今まではその事を忘れていただけ(無知)である、その事(真理)に気が付けば良いだけである。らしい!大切なのは「気づく」こと、その事に気が付けば「安全」の為にお金や武器は必要なくなるらしい。

今日、ブログに「あわうたさん」が退院後初めての遠出で7日に「那須」にきて「あわ歌」を歌ったとの記事が載っていました、奇遇ですね。

あわの歌           あわ(天と地)のうたを
葛垣琴うちてひきうたう    琴の伴奏にあわせて歌えば
自ずと声も明らかに      自然に言葉の仕組みが働き
五臓六腑をねこえわけ     内蔵や感覚器官の働きが整ってくる
二十四に通い四十八音     自律神経への言霊の働きで
これ身のうちの巡り良く    体の自立機構の循環が良くなる
病あらねばながらえり     そうすれば病が無くなり寿命も延びる
すみえの翁これを知る。    住吉の神様はこの事に詳しいぞ。

「あやわ=空人地=人は天の恵みと大地の恵みの間で育まれている」自然環境と人との関係のバランスが改善されてくるイメージでしょうか、言葉が乱れると暮らしも乱れてくるらしい。

新しい元号「令和」も何かしら???な思いが有ります。
「令和=礼和」

「おとのわ」のアルバムのなかの7曲目の歌が「さしぞえの種」です、歌詞の中に「灯火のきゆる 世の中今なるぞ さしぞえ致す 種の恋しき」と出てきます、何者かがさし添え(てつだい?)するぞ、みたいですね。

第十三話
7 数千年前に使用されたように、高度の知識と英知とを世にもたらすため、今、もろもろの霊的力が使用されつつ有る。分離や差別の見られるのは人間の心の中のことである。しかし。神のみ霊たる神我(キリスト)は恒常不変であり、それは人間心の闇の中を貫き通す種子である。

芭蕉の句「静かさや 岩にしみ入る 蝉の声」をローマ字に直すと「i」の文字が7回出てきます、一般的に「蝉は地中に7年」と言われています、「iと言えば愛=キリストの愛」「キリスト=7」。

何だか似た様なキーワードがちらつきます。

今年の「イースター・復活祭」は「4月21日」だそうです、イースター島のモアイ君は「きてけろくん」みたいだし、ちょっと気になります。

今朝は雪がちらついたりと天候も不安定です、でも春はやってきました、もうすぐ「花見」の季節を迎えます。感謝

昨夜「エンヤ」の番組がありました、世界的なヒット曲「オリノコフロウ」の曲にまつわるエピソードと彼女の活動の歴史でした。

「オリノコフロウ」の日本語の歌詞を載せておきます、オリノコの河の流れは最上川にも繋がってる、さあ世界へ向けて旅立ちの時だぞ。みたいな

「オリノコフロウ=降りの子浮浪=天から追放された子供が放浪する=ソサノオ?」彼はこの後「ヤマタノオロチ」を退治して「クシイナダヒメ」と結婚して更正して天に帰るのです。

「キリスト=ソサノオ=現ふる神=見えない世界と見える世界の仲介者」?がこの世界に現れてくる様に見えるけど、本当は最初からそうだった、でもその事を長い間忘れていた、という事らしい。


こいで行かせて ここオリノコから
たどりつかせて トリポリの浜へ
こいで行かせて あなたの浜辺へ
たどりつかせて コーカイの先へ

こげ こげ こげ

ビサウからパラオへ アヴァロンの影を抜け
フィジー タイリー 伝説の諸島へ
ペルー セブー バビロンの声を聞き
バリ カリ はるか珊瑚海を仰ぎ
先へ 先へ 先へさらに さよなら おお

こげ こげ こげ

北から南へ “Ebudae”がハルツームへ
雲の海から 月の孤島へ
波に乗って 未踏の陸地へ
波に乗って 未だ見ぬ陸地へ
わたしたちは行ける オリノコの波で
わたしたちは行ける

こげ こげ こげ

進める 近づける R・ディキンズのかじ取りで
ほっとさせよう 別れたロスと仲間たち
わたしたちは行ける

こげ こげ こげ
こげ こげ こげ

あなたの心の中には、どんな春の息吹が膨らんでいますか。

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同級生の息子さんが「東北芸術工科大学」に入学、ブログの記事に「設立宣言」を載せていた、読んでみて何だか私のブログにも通じる様な気がする、何故だろう。

昨日は、私の息子の中学の入学式、その前の卒業式と珍しく「校歌」を続けて聞くことになった、考えてみれば小学校、中学校と度々歌っていた「校歌」の歌詞には「最上川」「白鷹山」「頭殿山」「吾妻」「朝日岳」や様々な自然の織りなす四季に育まれた「郷土」の姿、学びへの姿勢?が綴られいる、何度も歌っているのでいつのまにか刷り込まれてしまっているのだろうか?。
でも、時代の流れで「白鷹町立西中学校」は東西合併して「白鷹中学校」になり息子と同じ校歌を歌う事は出来ませんでした。

学校に通っていた頃は、歌詞の意味をあまり意識した事は有りませんでしたが、人生経験?を積んでみて「ああそうだったのか」みたいな感じが出てくるものなのですね、皆さんも思い出してみませんか。

様々な出来事が有ったにせよ、人類は地球の自然に育まれて漸く人類全体の姿を意識出来る処まで成長する事が出来た、これからは大人としての見識を持って母なる地球と共に生きる道に舵を取る事が出来るか、人類は大いなる意識に見守られている?と思う今日この頃です。感謝

ブログ「食料補完計画」はこのエネルギーで綴られているのかも知れない。

有り難うございます。


徳山 詳直(とくやま しょうちょく、1930年5月13日 -2014年 10月20日)は、日本の実業家、教育家。

「5月13日」と言えば「白鷹山」の「高い山の日」、この山には虚空蔵菩薩が祭られている、また、「上杉鷹山公」の「伝国の碑」がある、何か因縁を感じてしまいますね。
「5月13日」は、キリスト教でも「ファテマの聖母のご出現の日」でも在ります。

不思議な御縁がいっぱいです。感謝

画像は芸工大HPより引用させて頂きました。
アニメ「君の名は」を録画していたのを思い出して観てみた、以前、公開時に息子のリクエストで観に行った事が有りました、なんとアニメの中に「月刊ムー」が出ていたんですね、こっちも引き寄せられてるのかな??。

見終わって思ったのは、イザナミが焼け死んで死者の国へ行ってしまったのを、追いかけて会いに行ったイザナギの話、途中で話がこじれて別れ別れになってしまいました、その後二人はどうなってしまったのでしょうね。

私が個人的に感じている流れとしては、人類滅亡の様な「デストピア化」がこのまま回避されていくのであれば、価値観の大きな変化に困惑?又は圧倒される事になるのでは?と。

「心身の神癒」
第一話
74 あなたたちは自分達の物質的感官世界で、善にも悪にも同じ力が在る様に見せかけてしまっている。しかし、これは人間的感覚による理屈付けであって実在の真理ではないのである。
75 神には、善とか悪とかいうものはなく神は今の今完全無欠に現れてい給う。もしあなたたちが偏在し給う神が善であるといい乍ら悪もまた存在するというのであれば、あなたがたの理論は間違っている、、偏在する善の中にいかにして悪が存在しえようか。
76 考え違いが、悪の存在を信じ込ませるのである。、、、 

前回「かごめ唄」の解釈?をした時から気になっていた歌が在る、「ホツマツタエ」に出てくる歌で、お正月の二日にその絵を枕の下に入れて寝ると良い夢が見られると言われる「宝船に書かれた廻り歌」である。

今人類は、忘れていた何かを思い出そうとしている、とすれば関係は改善しているのかも知れない?

「新海誠=しんかいまこと=神界誠=神の世界の真実」
「新海誠=しんかいまこと=新界誠=誠の新世界」
「新海誠=しんかいまこと=新界真事=新しい世界の真実」
「しんかいまこと」にはとっても書ききれないくらい沢山の意味が隠されている?
「立花 瀧(たちばな たき)」
「宮水 一葉(みやみず ひとは)」
「宮水 二葉(みやみず ふたば)」
「宮水 三葉(みやみず みつは)」
「宮水 四葉(みやみず よつは)」

「新海」もそうだけど「宮水」も「瀧」も「水」つながり、パンフレットも「青」がメインで「雲・クラウド」「光」「男女」「流れ星」など意味有りなアイテムが配置されている「水宮=人体=地球」。

「糸守町」?「いともりまち=意図守待ち=重要な計画的を守り待機している」
「糸守町」は1200年毎に繰り返される隕石の落下から計画的(意図的)に人々を守る役割で待機している?
「いともりまち=意灯り待ち=秘められていた意識が覚醒するのを待っている」
これって、「いろは歌」や「ながきよの」や「芭蕉の歌」みんなに共通していないだろうか?。
「一二三四=いちにさんし=位置に散し=それぞれ定められた位置に着いて」役割が定められている?「宮水=人」には。

「君の名は」?そして自分の名前も!

映画の中でも、なかなか突っ込みどころのあるキーワードやアイテムが出て来て、とっても楽しめました。感謝





オス猫のアイツ(とらねこ)とメス猫のアイコが抱き合って眠っています、仲良しです。感謝
「月刊ムー」さんのホームページを見ていると、「カゴメ唄の謎」が載っていた、ネットを検索してみると多くの方々が独自の解釈に取り組んでいるようです、私も気にはなっていたのでこの機会に記事にしてみました。

唄は複数の歌詞が在る様ですが、もっとも一般的に歌われている歌詞を選択。

歌詞に様々な言葉を当てはめてここ2.3日イメージを探っていました、今朝は何故か「オフコース 愛を止めないで」の歌詞が浮かんできます、面白いです。

「愛を止めないで」を調べてみたら発売40周年との事??「月刊ムー」さんも4月号の表紙に「40周年」の文字、そして気になる記事が幾つか在ったのです、ムーさん有り難うございます。(ムーさん画像お借りしました)

この記事を書きながら「愛を止めないで」を聞き直してみたら。何だか「心身の神癒」のなかでキリストが言いたかった事がそのまんま??みたいな歌詞です。

「♫僕が君のこころの 扉を叩いてる 君の心がそっとそっと揺れ始めてる 愛を止めないで そこから逃げないで 甘い夜は 一人でいないで♬」

第五話
15 わたしは常にあなたたちの胸(ハート)の扉を叩いている。あなたたちは其処で辛棒強く待っているわたしに気づくであろう。胸(ハート)と心との扉を開くならば、わたしは中に入り、永遠にあなたたちと楷(とも)に住み、あなたたちはわたしと楷にいるであろう。

「かごめかごめ かごのなかのとりは」
第五話
14 わたしを食するとは、わたしをあなたたち自身の中に連れて入れること、あなたたち自身の中にわたしが居ることである。そうすればわたしはあなたたちの中に居り、あなたたちはわたしの中に居り、わたしたちすべては神の中に居るであろう。

ここ数十年で「情報」と「金融」は急速に拡大し、今も止まるところを知らない勢いではある、しかし「セキュリティ」で考えてみると「矛盾したイタチごっこが複雑になってる」、そして過去に言われて来た「沢山在れば貧乏人はいなくなる理論」で「原子力や核融合エネルギー」「お金」が増えて来たようである、しかし結果的には「格差」が広がっている「競争に勝つにはもっともっと高性能なコンピューターと大勢の情報が必要だ」と。

こんな記事も有った
「仮想通貨が地球上の電力を使い果たす? その恐るべきエネルギー消費を考える」と、何かが変な気がしないだろうか、ここでも私の理解を超えて来ている、滑っているのは自分の方かもしれないですが。
「亀=瓶=子宮=産み出す=根源」は、今の物理学や宇宙探査、生命科学は「宇宙の起源や生命の起源の探求に向けられている」そして「鶴=ツール=道具」としてネットワークや集積回路の発達が後ししている。

高度で大掛かりになって来た科学技術も、競争や軍事の様な「格差を助長する為」に使うのはそのうち限界が来る様な気がする、これからは「地球と人類全体にとって必要なものを皆で支援して開発する」方向でしか進化は難しくなるのではないのだろうか。


「心身の神癒」第八話
90 なぜなら、最も偉大なる者はすべてのものの僕である、と天国に録(しる)されているからである。では最も偉大なる者とは誰か、それは常にあなたたちの中に留まってい給う父なる神である。それはすべてのものの僕である父である。故にあなたたちがわたしの名に於いて求めるものは何であれ、父はその通りあなたたちに与え給うのである。

「僕=ぼく=僕=しもべ=父なる神」である。

日本はもうすぐ元号が変わります、まるで夜明けの晩?、同じ言葉でもポジティブな解釈とネガティブな解釈が在ります、君の人生が二つに分かれ、僕の人生も二つに分かれている、歌は「愛を止めないで」とポジティブな未来へ誘っていると思う。

「心身の神癒」
第八話 扉の文より
わたしの平安と愛とをあなたたちにもたらす。わたし平安と愛とはあなたたちの許に留まる。
「天国はあなたたちの裡にある」
第十一話
108 あなたたちは神を遠くから眺めているのか。もしそうなら、あなたたちは自分自身の外に実在を求める感官の分離の中に生きているのである。あなたたちは遠くに神を求めているのか。この問いに対し自分自身に答えるがよい。そのことについて改めてよく考えるがよい。
109 わたしがあなたたちと別の存在ではなく、あなたたちと一体であることを啓示するためにわたしは来たのである。
110 あなたたちの地上生活全体にわたって、神の法則は細微に至るまで働いている。
111 地球はその中におおいなる内部を創造しかつ再建し、それ自身を形有るものとして表現する不可視の種々の霊的力をもっている。

「日月神示」には
「一人でも多く助けたさの日々の努力」を神様達が総動員で対応している、とあります、そして「神頼むぞよ」ともあります。

「人を殺す外道の武器を人を生かす武器に作り替える事が出来る」とも!

「かごめかごめ」のイラストを見てどう思うか
1、不安で顔を隠した仲間を取り囲んで励ましている。
2、みんなで仲間はずれにした相手に嫌がらせをしている。

今、世界はどうなっているだろう、そして次は自分の番かも知れない、そんな事を考えさせられてしまいました。

追記
「聖母マリアの秘密」さんの記事「メジュゴリエの聖母マリアからの
マンスリーメッセージ」[菊谷泰明訳]の2月25日のメッセージ(4月2日現在最新)の内容が何だか似ていたので載せておきます。


[2月25日]

いとしい子たちよ!

今日、私はあなたたちが新しい人生に進んでいくように呼びかけます。

皆さんの年齢が何歳であるかは重要ではありません。

この恩寵の時に、あなたたちを変容させて下さるイエスに対して、心を開いて下さい。

そうすれば、皆さんは、自然のように、神様の愛の内にある新しい人生の中に生まれて、天国と天国に関わる物事に対して、心を開いていくでしょう。

私は今までのように、あなたたちと共にいます。

それは、神様が、皆さんに対する愛によって、私があなたたちと共にいることを許して下さったからです。

私の呼びかけに応えてくれてありがとう。



「♫僕が君のこころの 扉を叩いてる 君の心がそっとそっと揺れ始めてる 愛を止めないで そこから逃げないで 甘い夜は 一人でいないで♬」

??
嫁さんの買い物を待っている時に「未来屋書店」に立ち寄って「月刊ムー」を手に取った、以前、同級生にブログの話をしたら「それはオカルトだろう」と言われて気になっていたが、4月号の表紙には「日月神示と神代文字の謎」の文字、付録が付いていたので紐で縛ってあり買う前には読めない、さあどうしよう、一回りしてからレジへと向かった。

「神代文字」「人工生命」「カタカムナ」などなど気になる話題が掲載されている、火星に「人面」が見つかった記事などは「山形県の形がキリストに見える」と似ている。
そして「月刊ムー40周年のロゴは独眼竜のモアイ?」これって「きてけろくんと伊達政宗ミックス」みたいなデザインになってる、なんでだろ?。

久しぶりに「日月神示」を読んでみた、そのうちに若い頃に読んだことが有った「パパラギ」を思い出した、ネットでは「偽書」扱いになっているが「ホツマツタエ」も世間では「偽書」扱いである。

「日月神示」には「金で世を治めて金で潰して、地固めしてみろくの世と致すのじゃ」と書いてある、世界にあるらしい膨大な負債(日本円で一京9000兆円との試算が在る)やそれを守る為の「暗号によるセキュリティ」、「人工知能による高度な株取引」「ビッグデータの活用」は複雑になりすぎて理解不能に陥って来た。

そう言えばテレビのニュースでは「イギリスのEU離脱問題」が語られていた、事の発端は「格差」ではないのだろうか、「パパラギ」とは「白人」の事をさしている、そして「ヨーロッパ社会が抱える問題」を綴っている、1920年といえばほぼ「100年前」にあたる。
漫画家大友克洋氏の「アキラ」に出て来る「2020年東京オリンピック予言」もさることながら興味深い展開である。

なんでだろ〜なんでだろ!

「パパラギ=パパ(88、母、ババ祖母、ババ肥)裸気=父なる神の本当の気持ち」をヨーロッパ、そして世界の人々に気が付いて欲しいのかもしれない。

「パパラギ」はある意味「ベーシックインカム入門書」みたいなものだろうか、そして「イザベラバードの日本紀行」は「理想郷と同居する貧困が何によるものなのか?と考えさせてくれる。

「家に鍵の要らない暮らし」「隣人と仲良く暮らせる方法」「隣人を追いつめない事が自分を守る」世界が「銃を捨てる事で得られる安全」に気が付けば新しい未来が見えてくる様な気がする。
世界人類が、もっと進歩したいと希望するとしたら「競争による解決」は効率が低下するだろう、今この世界が「デストピア」になっていないのは「越えて行ける可能性が残されている」からだと思う。
その時期は?いつでしょうね。

「月刊ムー」さん、有り難うございます。
発行元の「学研」さんと言えば、小学校の頃に付録が付いた「学研の科学」が愛読書でした、懐かしいですね。
先に記事にも書いたのですが

ライシャワー氏のフルネームは「エドウィン・オールドファザー・ライシャワー Edwin Oldfather Reischauer」であるやっぱり???

もう一度載せておきます。

「DENIM(デニム)」の「DE」の順番を入れ替え、「NIM」を180度回転させて「WIN」とするとEDWINとなる。DENIMという単語のアルファベットを自由に並べ換えていることから、DENIMから生まれる自由な発想やものづくりへのスピリットという意味が込められている。
※「EDWIN」=「江戸WIN(江戸が勝つ)」という由来説もあるが、公式ホームページには掲載されていないため正しい由来ではない。おそらくアメリカのジーンズに勝つという意味から誰かが着想した由来なのだろう。

ちなみに「DENIM=デニム」は
denim【名】
デニム生地◆【同】jean◆デニムは、フランスのニームとインドで別々に生まれたもので、インドのデニムはダンガリー(dungaree)と呼ばれる。◆【語源】フランスの都市ニーム(Nimes)で作られていた生地serge de Nimesから。
《denims》デニム・ズボン[シャツ・ジャケット・スカート]

「生地=織物」である、ここでも今日の記事と関係あり??そして「インド」と「フランス」で生まれている「インド=仏教」と「フランス=キリスト教」は既にここで交わっている?。

「エドウィン・オールドファザー・ライシャワー」さんは
「エドウィン=仏教とキリスト教が織りなされ」
「オールドファザー=古い父=究極の先祖=神道の上・父なる神」
「ライシャワー=来者和=平和をもたらす者」

ひとまとめにすると
「仏教とキリスト教が織りなされ、古い父(神道・父なる神)が平和の使者としてやってくる」
何だこりゃ!!ですね。笑

「心身の神癒」の中で、キリストが現代に何をしに来たのか書かれているところがある。

「心身の神癒」
第九話
88 在るべきでないと思っている様相(すがた)を自然が呈しているからといって位気持ちになってはいけない、なぜならすべては一切改善の方向にはたらきつつあるからである。
89 且つまた存在するもの(で完全なるもの)はすべて先ず実在の世界に存在し、あなたたちの世界は影にすぎないからである。
90 わたしの使命が成就すれば、地球はもは外の世界ではなく、羊とライオンとが共に臥す神我(キリスト)の王国となっているであろう。
91 ライオンとは肉体の象徴、子羊とは神の子羊、即ち神我(キリスト)の象徴である。かくて外なるものは内となり、内なるものは外となる。ライオンが子羊に勝つのではなく、子羊がライオンに勝つのである。
92 (かくて)肉体というライオンは消え去り、神の愛のみが生き、無げ自在となる。わたしが地上に生きていた間中わたしの意識に極めて強烈に響いたのがこのことであった。その時、力づくで生じさせたものは、力に頼ってのみ存続しうるが故に、力は決して平安と幸福とを世にもたらすものではない事を悟ったのである。

第十話
42 今日世界で起きている出来事は人類の裡なるみ霊の湧き上がる動きによるものである。

「日月神示」で
神から出た教えなら、他の教えとも協力して共に進まねばならん。教派や教義に囚われるは邪の教え。豚に真珠となるなよ。天国の意思は人間の喜びの中に入り、幽界の意思は悲しみの中に入る。

神と共に大きくなればなるほど、喜び大きくなるのである。一神説いて多神説かんのもかたわ、多神説いて一神説かぬのもかたわ、一神即多神即汎神である事実を説いて聞かせよ。

神は人を根本から永遠の意味でよくしようと、マコトの喜び与えようとしているのじゃ。局部的、瞬間的に見て判らんこと多いぞ。おかげは、すぐにはないものと思へ。すぐのおかげは下級霊。まゆにつばせよ。考えよ。

神様達は、様々な方法でこの世界を保ち、もっと良い方へ改善しようとしている。感謝

山形県の形は何かを伝えたい、、、と思う。

  
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