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トットちゃんと“柏葉”ワ-ルド…そして、「do the right thing」!!??

  • トットちゃんと“柏葉”ワ-ルド…そして、「do the right thing」!!??

 

 『トットちゃんの15つぶのだいず』(講談社)と題する絵本を手に取って驚いた。トットちゃんこと俳優の黒柳徹子さん(90)の戦争体験を文章に綴った内容だったが、その過酷な体験を静謐(せいひつ)な筆致で書き上げていたのが当地花巻出身の児童文学作家、柏葉幸子さんだったからである。デビュ-作の『霧のむこうのふしぎな町』が宮崎アニメのヒット作「千と千尋の神隠し」の下敷きになったというエピソ-ドは広く知られているが、他にも『つづきの図書館』(小学館児童出版文化賞)や『岬のマヨイガ』(野間児童文芸賞)など受賞歴が多い。「トットちゃんが、小学2年生のとき。日本は戦争をはじめました」という書き出しで始まる文章はこんな風に続いていた。

 

 「とうとう、トットちゃんの一日の食べものは、だいずが15つぶだけになってしまいました。ママが毎朝、だいずをフライパンで炒(い)ってくれます。それをふうとうへ入れて、学校へ行くトットちゃんにわたします。…ママはだいずの入ったふうとうをわたしながら、『食べたら、お水をいっぱいのむのよ。豆がふくらんで、おなかがいっぱいになるわ』と、言ってくれました」―。あの快活は語り口の黒柳さんの知られざる一面が柏葉さんの文体と一心同体となって心に沁み込んできた。ふいに20年以上も前の光景が昨日のことのように目の前に去来した。

 

 2002年4月20日―。花巻市文化会館大ホ-ルは立ち見が出るほどの観客であふれていた。ベルリン映画祭で最高賞(金熊賞)を受賞した「千と千尋の神隠し」(宮崎駿監督、2001年)の鑑賞に詰めかけた人たちだった。隣接する図書館では映画の上映に合わせて「柏葉幸子童話作品展」が開催されていた。この2年前、42年ぶりにふるさとに戻った私は映画館が姿を消してしまった街のたたずまいに愕然(がくぜん)とした。仲間たちに声をかけ、「花巻に映画の灯を再び」市民の会を結成。その旗揚げ記念に計画したのが宮崎アニメと柏葉展の同時開催だった。1日3回の上映会は大盛況で終わった。私たち「市民の会」は益金の一部で柏葉作品を買いそろえ、花巻市立図書館に寄贈した。

 

 「私の父はシベリア抑留の経験者ですが、今の若い人たちは家族に戦争を体験した人がいない。ウクライナ戦争も自分とかけ離れた出来事として見ているけど、日本だって危ないじゃないですか。身近な語り部の代わりとして…」(9月29日付朝日新聞))―。柏葉さんは今回の絵本化について、こう語っている。私の父も先の大戦でソ連軍の捕虜となり、シベリアの凍土に没した。『ミラクル・ファミリ-』、『地下室からのふしぎな旅』、『ざしきわらし 一太郎の修学旅行』、『モンスタ-・ホテル』シリ-ズ…。ファンタジックな“柏葉”ワ-ルドのとりこになっていた私は目の前の現実から目を背けない、柏葉さんのもうひとつの視点にハタと気づかされた。

 

 世界で2500万部の大ベストセラ-になった黒柳さんの『窓ぎわのトットちゃん』の続編が42年ぶりにこのほど刊行された。旧作は初のアニメ映画化も決まり、12月8日から全国で公開される。私たちが夢見る図書館(イ-ハト-ブ図書館)は「まるごと賢治」だけではもったいない。“柏葉”ワ-ルドも詰め込まなくちゃ…。病院跡地への立地を願う私たちの見取り図は着々と整いつつある。

 

 

 

 

 

(写真は原案・黒柳、文・柏葉、絵・松本春野による創作絵本)

 

 

 

 

《追記ー1》~「do the right thing」…死語であったはずの“虐殺”がいま、ふたたび

 

 映画「福田村事件」(9月15日付当ブログ参照)を見て、100年の恐ろしい光景を目の当たりにしたのもつかの間、海の向こうでそれが現実化しつつある。ロシアによるウクライナ侵略に続く、イスラエルとパレスチナとの絶望的な対立。「ジェノサイド」や「ホロコースト」…。“大量虐殺”を意味するおどろおどろしい言葉が頭を去来する。

 

 パレスチナ自治区の「ガザ地区」ではトットちゃんの「15つぶのだいず」どころか、イスラエル側の出方によってはその存在そのものが“消滅”させられる危機さえささやかれている。「do the right thing」(それは正しい行為である=ブリンケン・米国務長官)…。アメリカ流「正義」を盾とした、大虐殺に向けたカウントダウンが始まっている。人間の愚かさの極限!!??

 

 

 

《追記ー2》~市民力、全開!!~病院跡地への立地を求めて、署名運動

 

 花巻市内でフェアトレ-ド店を経営する新田文子さんが主宰する「暮らしと政治の勉強会」が今回の岩手知事選で全開、“市民力”の大切さを教えた。さらに、宮沢賢治ゆかりの地「イ-ハト-ブ」にふさわしい“夢の図書館”を目指した市民団体が全国規模の署名運動を展開中。署名用紙などのラウンロ-ドは以下のアドレスから。11月23日必着。

 

https://oimonosenaka.com/

 

 

 

 

 

 

夢の図書館を目指して…全国署名に向け、キックオフ!!??

  • 夢の図書館を目指して…全国署名に向け、キックオフ!!??

 

 「図書館は賢治ゆかりの病院跡地へ」―。「花巻病院跡地に新図書館をつくる署名実行委員会」(瀧成子・代表)が7日、市内のまなび学園で決起集会(キックオフ)を開き、全国規模の署名活動が本格的にスタ-トした。病院跡地への立地を求める三団体(「新花巻図書館を考える会」「新花巻図書館―まるごと市民会議」「イ-ハト-ブ図書館をつくる会」)の主催で、郷土出身の童話作家、宮沢賢治をベ-スに据えたまちづくりを訴えている。

 

 私自身、その実現を強く望むひとりである。イ-ハト-ブのど真ん中に位置するこの地こそが「夢の図書館」にふさわしいとずっと、思ってきた。そしていま、賢治の薫陶(くんとう)を受けた幾多の先達たちがいっせいにその後押しをしてくれているような気がする。ほとばしるようなその思いを私は連帯のメッセ-ジとしてしたためた。南は九州・沖縄から北は北海道まで、いや海の向こうの地まで多くの賛同者を結集したいと願う。署名用紙など関係資料は下記のアドレスからダウンロ-ドして下さい。

 

 

 「わたくしといふ現象は/仮定された有機交流電燈の/ひとつの青い照明です」(『春と修羅』序)―。宮沢賢治は自らを“現象”と位置付けているから、言ってみれば永遠に不滅の存在である。というわけで、いつでもどこでもひょいと姿をみせる“神出鬼没”ぶりがこの天才の稀有なる持ち味である。

 

 高木仁三郎(物理学者)、井上ひさし(作家)、中村哲(医師)、吉本隆明(評論家)、むのたけじ(ジャ-ナリスト)、色川大吉(歴史家)…。賢治の影響を受けた人材に贈られる「宮澤賢治賞・イ-ハト-ブ賞」には分野を超えた顔ぶれがキラ星のように並んでいる。14年前、賢治賞の授賞式に臨んだ際のその人の第一声がまだ、頭の奥に刻まれている。

 

 車いすに乗って登壇した吉本さん(故人)は「ぼくはこれまで、いろんな人の悪口を言ってきましたが、言わなかった人っていうのは、宮沢賢治ぐらいです」と切り出した。「古事記」や「遠野物語」に着想を得た代表作『共同幻想論』は全共闘世代のバイブルとも呼ばれた。のちには『宮澤賢治』のタイトルで、独自の賢治論も展開した。「ぼくの好きな宮沢さんの『雨ニモマケズ』という詩が学校の天井に貼ってありました。ぼくはいつでもその下でそれを眺めていました。これはどういう人で、どういうことを考えていたかということを、毎日のように思っていました」―。戦後最大の知の巨人ともいわれた人のこの“賢治”体験に虚を突かれたことを覚えている。

 

 「この土地で『なぜ20年も働いてきたのか。その原動力は何か』と、しばしば人に尋ねられます。人類愛というのも面映(おもはゆ)いし、道楽だと呼ぶのは余りに露悪的だし、自分にさしたる信念や宗教的信仰がある訳でもありません。良く分からないのです。でも返答に窮したときに思い出すのは、賢治の『セロ弾きのゴ-シュ』の話です」―。4年前、アフガニスタンでテロの凶弾に倒れた医師の中村さん(享年73)は2004年、イ-ハト-ブ賞を受賞した際、現地からこんなメッセ-ジを寄せた。その11年後に同賞を受賞したアニメ作家の高畑勲さん(故人)は同じ作品をアニメ化した。

 

 「『春と修羅』には、コロナ禍におかれた私たちが文明社会の中の人間というものを捉えなおす上で非常に重要な言葉が書かれている。まず、冒頭で『わたくし』は『現象』だと言っている。これは『わたくし』という生命体が物質や物体ではなく『現象』である、それはつまり自然のものであるということ」(『ポストコロナの生命哲学』、要旨)―。コロナパンデミックの渦中にあった2021年9月、生物学者の福岡伸一さんは共著の中で、こう語った。このウイルスの謎を解く水先案内人がまたしても賢治だという指摘にびっくりした。

 

 「宮澤賢治とは一体、何者なのか」―。こんな認識を共有する仲間たちが「イ-ハト-ブ図書館をつくる会」を結成し、他の市民団体と一緒に全国に賛同の署名を呼びかけています。現在、当市では新図書館の建設をめぐって、「JR花巻駅前か旧花巻病院跡地か」という“立地”論争が続いています。同会など市民団体は賢治が生前、教鞭を取ったゆかりの地でもある「病院跡地」への立地を望んでおり、私も同じ気持ちです。

 

 「イ-ハトヴとは一つの地名である。強て、その地点を求むるならば、大小クラウスたちの耕していた、野原や少女アリスが辿った鏡の国と同じ世界の中、テパ-ンタ-ル砂漠の遥かな北東、イヴン王国の遠い東と考えられる。実にこれは著者の心象中に、この様な状景をもって実在したドリ-ムランドとしての日本岩手県である」(『注文の多い料理店』広告チラシ)―。賢治は自らの理想郷(イ-ハト-ブ)を称して、ずばり“夢の国”(ドリ-ムランド)と呼んでいます。

 

 私たちはいまこそ、「賢治ワ-ルド」をいっぱい詰め込んだ新図書館を実現したいと心から願っています。ご理解とご協力をお願いいたします。

 

 

 

 

(写真はありし日の吉本さん。“共同幻想”現象を巻き起こした原点は賢治だった=インターネット上に公開の写真から)

 

 

 

《追記》~市民力、全開!!~病院跡地への立地を求めて、署名運動

 

 花巻市内でフェアトレ-ド店を経営する新田文子さんが主宰する「暮らしと政治の勉強会」が今回の岩手知事選で全開、“市民力”の大切さを教えた。さらに、宮沢賢治ゆかりの地「イ-ハト-ブ」にふさわしい“夢の図書館”を目指した市民団体が全国規模の署名運動を展開中。署名用紙などのラウンロ-ドは以下のアドレスから。11月23日必着。

 

https://oimonosenaka.com/

 

 

 

被爆地ヒロシマでも”駅前図書館”騒動…移転反対の請願相次ぐ~イ-ハト-ブの地でも全国規模の署名運動へ

  • 被爆地ヒロシマでも”駅前図書館”騒動…移転反対の請願相次ぐ~イ-ハト-ブの地でも全国規模の署名運動へ

 

 「駅前か病院跡地か」―。新花巻図書館のあり方を論議する「整備基本計画試案検討会議」が1年以上も“開店休業”状態にあるなど迷走の極にある当市だが、被爆地ヒロシマでも図書館の駅前立地をめぐる対立が続いている。市当局はすでに市立中央図書館をJR広島駅南口の商業施設(「エ-ルエ-ルA館」)移転することを決めているが、これに反対する二つの市民団体が請願を提出し、現在継続審査のままになっている。

 

 一方、当市の市民団体の間でも駅前立地に反対する署名運動がスタートし、10月7日午前10時から全国署名に向けた”キックオフ”(決起集会)が市内の生涯学園都市会館(まなび学園)で開かれる。平和のシンボル都市・ヒロシマと宮沢賢治が描いた夢の理想郷・イ-ハト-ブの“立地論争”の行方に注目が集まっている。

 

 「国際平和文化都市・広島にふさわしい中央図書館と公共施設を」と訴える市民団体は6月23日、5473筆の署名を添えて「移転中止」の請願を提出した。「新しい議会において、基幹図書館である広島市立中央図書館および広島市映像文化ライブラリ-を商業施設であるエ-ルエ-ルA館へ移転させることを中止し、広島市立中央図書館等再整備基本計画の見直しを求めることについて」とする請願はその理由として、次のように述べている(要旨)

 

●2023年3月14日に市議会において、移転のための基本・実施設計予算が可決した。しかし、統一地方選挙による改選のため、議員メンバ-も大幅に変更され新しい議会となった。市民に選ばれた議員として、以下のことに尽力していただきたい。すなわち、「移転先で国際平和文化都市としての公共図書館たり得るのか」、「図書文化が商業施設で成り立つのか」、「巨額な予算で広島市の財政は将来もつのか」などについて、過去の資料、議事録、議会での質疑・答弁を再読し、この図書館移転問題の背景を熟考した上で移転の中止と広島市立中央図書館等再整備基本計画の見直しを進めていただくよう請願する」

 

 この問題をめぐっては9月27日開催の9月定例会(総務委員会)でも取り上げられ、新たな火種が明らかになった。この日、移転先の不動産取得費約23億円を含む一般会計補正予算案の一部が賛成多数(賛成5、反対2)で可決された。審議では、取得費が1月の基本計画で示された概算よりも膨らんでいることについて質問が相次いだ。約23億円は移転先の商業施設のフロアや土地の取得費で、予算案は来年度の取得費約49億円も設定。計約72億円は基本計画の概算約65億円を上回ことが分かった。

 

 一方、移転先のフロアの一部で購入のめどが立たず、市が賃貸借契約を結ぶ見込みであることも明るみに出たため、議会側から賃料や期間を示すよう求める声が上がった。市側は「賃貸料がかかってくるとなれば議会に諮る」と答えた。予算案の可決後、移転計画の撤回について「絶対にありえないか」との質問について、市生涯学習課の田尾雅之課長は「考えていない」と答えた。

 

 立地に関わるこの経緯を知るにつけ、足元の迷走劇と瓜二つだなと思った。当地の新図書館をめぐってはその後に白紙撤回されたものの、当初は花巻駅前のJR所有地を50年、賃貸借して住宅付き図書館をつくるというものだった。それでも駅前立地にこだわる市側は現在、JR側と土地譲渡交渉を進めており、その中には商業施設の買取りも条件として含まれている。こうした懸案を抱えた花巻市議会12月定例会は2か月後の12月1日に開会する。市側が強行突破を図ろうとするのか、議会側がこれにどう抵抗するのか―「イ-ハト-ブ”図書館戦争“」の火ぶたがまた、切って落とされようとしている。

 

 

 

 

(写真は駅前立地に反対する広島の市民団体=インタ-ネット上に公開の写真から)

 

 

 

《追記ー1》~中秋の名月と”満月”さん(コメント欄に写真掲載)

 

 雲の陰に隠れたと思ったら、ひょいと顔を見せたり…。中秋の名月の今宵は5年前の7月29日に病没した妻の月命日。”満月”さんの愛称で呼ばれた故人は中空の夜空で元気そうに戯れていた。そうい言えば、存命中は野口雨情のあの歌をよく口ずさんでいたなぁ…

 

十五夜お月さん ごきげんさん
婆やは お暇(いとま)とりました

 

十五夜お月さん 妹は
田舎へ貰(も)られて ゆきました

 

十五夜お月さん 母(かか)さんに
も一度わたしは あいたいな

 

 

 

《追記―2》~「賢治」という神出鬼没

 

 「わたくしといふ現象は/仮定された有機交流電燈の/ひとつの青い照明です」(『春と修羅』序)―。宮沢賢治は自らを“現象”と位置付けているから、言ってみれば永遠に不滅の存在である。というわけで、いつでもどこでもひょいと姿をみせる。たとえば今回は保守派の論客として知られる佐伯啓思さん(京都大学名誉教授)の「日本の自然観と災害」(9月30日付「朝日新聞」)と題する論考の中に(要旨)…

 

 

 「東日本大震災の直後に、私は宮沢賢治の『グスコ-ブドリの伝記』を改めて読んでみた。冷害に苦しむイ-ハト-ブの話である。島にある火山を爆発させれば、気温上昇で人々を救うことができる。火山局に勤務する若い技師ブドリは、ある技術を使って火山を人工的に噴火させて人々を救うのだが、そのために自らは噴火の犠牲になる」

 

 「イ-ハト-ブに冷害を引き起こすのは自然であるが、また、自然の力が人々を救うのである。火山は巨大噴火によって人間に大きな損害をもたらすだろうが、またその火山によって人は救われもするのである。自然のなかには『生命の力』があるがゆえに、自然は、一方では、人を恐怖に陥れる巨大災害をもたらすが、また逆に、大地の恵みや澄んだ大気によって人々の生命に活力を与える。その両者ともに、自然のもつ『生命』の働きであり、昔の日本人は、それをまた『カミ』といったりもした」

 

 

 

《追記ー3》~市民力、全開!!~病院跡地への立地を求めて、署名運動

 

 花巻市内でフェアトレード店を経営する新田文子さんが主宰する「暮らしと政治の勉強会」が今回の岩手知事選で全開、“市民力”の大切さを教えた。さらに、宮沢賢治ゆかりの地「イーハトーブ」にふさわしい”夢の図書館”を目指した市民団体が全国規模の署名運動を展開中。署名用紙などのラウンロードは以下のアドレスから。11月23日必着。

 

https://oimonosenaka.com/

 

 

 

 

現代を照射する「ル・ボン」語録(群衆心理)…“愚民化”の先にあるものは!!??

  • 現代を照射する「ル・ボン」語録(群衆心理)…“愚民化”の先にあるものは!!??

 

 今から128年前の『群衆心理』で心理学者としての名声を不動のものとしたフランス人、ギュスタ-ヴ・ル・ボン(1841~1931年)は自著の中で「群衆とは、その構成員すべてが意識的人格を完全に喪失し、操縦者の断言・反復・感染による暗示のままに行動するような集合体である」と述べている。普仏戦争の際は軍医として、ストレスを抱える軍人の行動を観察するなどその幅広い視野は社会学や物理学の分野にまで及んだ。ル・ボンが“群衆心理”と名づけた時代の空気はまさに日本の、そして足元(イ-ハト-ブ)の「今」を照射して余すところがない。公開されているある市民ブログ(「浜名史学」)に「ル・ボン」語録が紹介されていたので、以下にその一部を転載させていただく。

 

 

●集団的精神の中に入り込めば、人々の知能、したがって彼らの個性は消え失せる。異質的なものが同質的なもののなかに埋没してしまう。そして、無意識的性質が支配的になるのである

 

●群衆はいわば智慧ではなく凡庸さを積み重ねるのだ

 

●群衆においては、どんな感情もどんな行為も感染しやすい。個人が集団の利益のためには自身の利益をも実に無造作に犠牲にしてしまうほど、感染しやすいのである

 

●孤立していた時には、おそらく教養のある人であったろうが、群衆に加わると、本能的な人間、したがって野蛮人と化してしまうのだ

 

●単独の個人は、自己の反射作用を制御する能力を持っているが、群衆はこの能力を欠いている

 

●群衆は、思考力を持たないのと同様に、持続的な意志をも持ちえないのである

 

●群衆の中に入れば、愚か者も無学者も妬み深い人間も、おのれの無能無力の感じを脱し、その感じに取って代わるのが、一時的ではあるが絶大な暴力の観念なのである

 

●群衆は、弱い権力には常に反抗しようとしているが、強い権力の前では卑屈に屈服する

 

●思想は、極めて単純な形式を帯びたのちでなければ、群衆に受け入れられないのであるから、思想が一般に流布するようになるには、しばしば最も徹底的な変貌を受けねばならないのである

 

●群衆が、正しく推理する能力を持たないために、およそ批判精神を欠き、つまり真偽を弁別し、的確な判断をくだす能力を欠いていることは、付け加えるまでもない

 

●群衆は、熟考と推理の能力を欠いているために、真実らしくないことを弁別することができないのである

 

●民衆の想像力を動かすのは、事実そのものではなくて、その事実のあらわれ方なのである。それらの事実が、こう言っていいならば、いわば凝縮して、人心を満たし、それにつきまとうほどの切実な心象を生じねばならない。群衆の想像力を刺激する術を心得ることは、群衆を支配する術を心得ることである

 

 

 

 

《追記ー1》~二元代表制のもうひとつの姿(その1)…「イ-ハト-ブはなまき」との雲泥の差!!??

 

 

 「議会の請願採択を重く受け止めながらも対馬の将来に向けて熟慮した結果、文献調査を受け入れないとの判断に至った」―。原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分場選定を巡り、長崎県対馬市の比田勝(ひたかつ)尚喜市長は27日の市議会本会議で、第1段階の文献調査の受け入れをしないと表明した。議場で見守っていた反対派の市民からは喜びの声が上がる一方、推進派市議は、口を真一文字に結んで厳しい表情を見せた。

 

 本会議場の傍聴席約40席は駆けつけた市民らで埋まり、関心の高さがうかがわれた。午前10時半前の開会から2時間近くが経過し、本会議の終盤に市長が壇上に立って「受け入れ反対」を表明すると、傍聴していた市民から「お-」という声が上がり拍手が起きた。市議会は今月12日に調査受け入れを求める請願を賛成多数(10対8)で採択したが、市長と意見が割れることになり、議場の推進派市議からは落胆の声が漏れた。議会後、反対署名を集めた市民団体「核のごみと対馬を考える会」のメンバ-は「核のごみ!! 比田勝市長 反対!!表明」と書かれた手作りの号外約50枚を議会周辺で配布し、通行人にアピールした。比田勝市長は記者会見でこう語った。

 

 「私自身も議会の請願採択は重く受け止めた中での判断。これは私個人の問題ではなく、対馬市で生活する市民の方たち、そして、対馬にこれから育つ子供たちの将来を考えた。議会と反する結果ではあるが、今後議会には丁寧に説明をした中で理解を求めたい」(27日付「毎日新聞」電子版)

 

 

 

《追記ー2》~二元代表制のもうひとつの姿(その2)…「イ-ハト-ブはなまき」との雲泥の差!!??

 

 

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画を巡り、斉藤鉄夫国土交通相が軟弱地盤改良に必要な設計変更を承認するよう勧告したことに対し、沖縄県の玉城デニー知事は27日、県庁で記者団に「期限までに承認を行うことは困難だ」と述べた。勧告は27日までの承認を求めていたが、知事は判断を先送りする。国交相は今後、地方自治法に基づき、承認するよう指示する文書を県に送るとみられる。

 

 玉城知事によると、国交相宛てで送った27日付の回答文書では、県民や行政法学者らからさまざまな意見が寄せられていることを挙げ「県政の安定的な運営を図る上で、これら意見の分析を行う必要があることなどから、勧告の期限までに承認を行うことは困難である」とした。判断する時期のめどについては、取材に対し「その都度、対応は検討したい」と明言を避けた。

 

 知事が「指示」にも従わない場合、国交相は、知事の代わりに承認する「代執行」に向けた訴訟を提起する見通し。設計変更は、辺野古にある米軍キャンプ・シュワブ東側の埋め立て予定海域で見つかった軟弱地盤を改良するため、2020年4月に防衛省が申請。県は21年11月に不承認としたが、国交相は22年4月、不承認を取り消す裁決をし、県に承認を迫る是正指示を出した。県は是正指示などの取り消しを求め提訴したが、9月4日の最高裁判決で敗訴が確定した(27日付「毎日新聞」電子版)

 

 

 

《追記ー3》~日本人は国民的規模で「狂っている」!!??

 

 こんなショッキングなキャッチコピーが踊る書籍の広告が目に飛び込んできた(27日付「朝日新聞」)。内田樹(知の巨人)と白井聰(気鋭の政治学者)との対談集『新しい戦前』。「大軍拡、物価高でもまるで無反応」「自己防衛の果てに壊れる若者」…。おどろおどろしい小見出しが続く。「この悲惨な現実を見よ」と二人は訴えている。さっそく注文した。29日には届くらしい。この日はちょうど「中秋の名月」。その月明かりの下でページを繰ってみようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

10年ひと昔…新図書館試案検討会議も「開店休業」丸1年~議場というリングで“スイングする質疑”を~そして、行政文書「不在」の仰天!!??

  • 10年ひと昔…新図書館試案検討会議も「開店休業」丸1年~議場というリングで“スイングする質疑”を~そして、行政文書「不在」の仰天!!??

 

 「知の泉 豊かな時間(とき)/出会いの広場」(平成24年10月)―。市民各層でつくる「花巻図書館整備市民懇話会」がこんなキャッチフレ-ズを掲げて、新図書館建設に向けた提言をしてからすでに10年以上が経過した。①郷土の歴史と独自性を大切にし、豊かな市民文化を創造する図書館、②すべての市民が親しみやすく、使いやすい環境に配慮した図書館、③暮らしや仕事、地域の課題解決に役立つ知の情報拠点としての図書館―この三つを基本コンセプトにすえた“夢の図書館”づくりはいま、真逆の「駅前立地」への道を強引に進みつつある。

 

一方で、「図書館のあり方を」を検討するはずの「新花巻図書館整備基本計画試案検討会議」(座長・市川清志生涯学習部長)も昨年9月20日の会議を最後にこの日でちょうど、“開店休業”丸1年を迎えた。さらに、立地予定の土地所有者であるJR東日本側との「譲渡交渉」について、市側は市議会6月定例会で「前向きの回答をもらった」と明言したにもかかわらず、開会中の9月定例会(会期は21日まで)ではその後の経過に触れることはなかった。機能不全どころか、“機能停止”に陥っているとしか言えない中、新図書館自体の建設さえおぼつかない状態になったという声も市民の間から出始めている。

 

 「新花巻図書館整備基本計画を策定するにあたり、新花巻図書館計画室がまとめた新花巻図書館整備基本計画試案について、専門的な見地から意見を出し合い、新花巻図書館の機能及びサ-ビスを検討し、基本計画に反映させることを目的として設置された」(HPから)―。「試案検討会議」は2年前の4月26日、有識者など20人をメンバ-に第1回目の会議を開催。1年前の9月20日の第12回会議を最後に、“利権”疑惑(9月4日付当ブログ「新花巻図書館をめぐる“利権の構図”(下)」を参照)を積み残したまま、その後1回も開かれないままで現在に至っている。こうした状態に危機感を募らせる市議も現れ、ある新人議員は自らのブログ上(15日付)に議論の活性化を促すための提案をして注目を集めている。

 

 この議員は昨年夏の市議選で初当選した元市職員のN氏で、どの会派にも所属しない「無会派」に身を置いている。N氏は「(アントニオ猪木VSモハメド・アリの対決を例に挙げながら)議場においては、異種格闘技戦のようなかみ合わない殺伐とした、時にはいがみ合うような議論の方が盛り上がる時があります。ただ、そういった議論は感情的になり、『いい』『悪い』の二項対立になりやすく、ただ時間ばかり経過することが多い」と手厳しく批判した上で、その典型的な例が新花巻図書館の(駅前か病院跡地かの)「立地」論争だと断じた。

 

 N氏はこうした平行線を打破するためには“スイングする質疑”こそが有効だし、今議会における自身のある”実践体験“を元にこう説明している。「質問者(議員)は答弁者(首長など)の人格をけなしたり、揚げ足取りをするのではなく、行政課題について住民の声を反映しながら、行政が気づいていない問題などを質し、答弁者は質問者の質問を真摯に受け止め、必要であれば行政の方針を変えながら、よりよいまちづくりを目指す議論」―これこそが「実りのある議論」だと…。つまりは野球用語の「スイング」に通じる感覚である。

 

 「議会と市長は対等の機関として、お互いに抑制、協力することで緊張感を保ちながら、自治体の運営に散り組む制度のこと」―。花巻市議会基本条例は「二元代表制」について、こう規定している。議会の憲法とも言われるこの精神が踏みにじられていることを知り、逆に仰天した。そして、今回の勇気ある“内部告発”に拍手を送りたい気持ちになった。来る12月定例会では“スイングする質疑”を十二分に駆使して、デッドラインに追い込まれつつある「図書館」論議に活路を開いていただきたい。N氏自身もブログの中で「これからはより一層、質の高い質疑による『実りのある議論』を増やしていきたい」と意欲を示している。

 

 

 

(写真は第1回目の検討会議。右側のマイクの人が市川部長=花巻駅前のなはんプラザで)

 

 

 

 

《追記ー1》~「カサブランカ」のあのセリフが!?

 

 1年間も“開店休業”を続けてなお、平然としている役所の怠慢に沸々と怒りがわいてきた。と突然、映画「カサブランカ」(1942年、米国)で、ハンフリ-・ボガ-トとイングリッド・バ-グマンとが交わしたあの名セリフが…。「昨日はどこに?」「そんな昔のことは覚えてない」「今夜会える?」「そんな先のことは分からない」―。そう、「その一瞬一瞬を懸命に生きることが大事なんだ。老い先が短いオレには開店休業しているヒマなんかない」

 

 

《追記―2》~賢治没後90年と図書館”幻想”

 

 宮沢賢治の没後90年の命日に当たる21日、わずか500字余りの掌編『圖書館幻想』を再読した。「おれはやっとのことで十階の床(ゆか)をふんで汗を拭った。そこの天井は途方もなく高かった。全體その天井や壁が灰色の陰影だけで出來てゐるのか、つめたい漆喰で固めあげられてゐるのかわからなかった。(さうだ。この巨きな室にダルゲが居るんだ。今度こそ會へるんだ)…

 

 こんな書き出しで始まる不思議の文章である。場所は東京・上野にあった帝国図書館(現在の国立国会図書館、通称“上野図書館”)で、文中の「ダルゲ」とは生前、一番心を許した親友の保坂嘉内とも言われるが、その交友関係の実相はいまだ闇に包まれたまま。この日、そぼ降る雨音を聴きながら、賢治にとっての図書館とは「夢を描く場」であると同時に心の「秘密」をそっと、隠しておくところだったのかもしれないと思った。賢治の記憶が詰まった病院跡地へ「イーハトーブ図書館」を実現したいという思いがますます、高まった。全文は以下から。

 

 

https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/4884_48380.html

 

 

《追記―3》~100年前と変わらない、いやもっと悪辣な政治家の精神構造

 

 「小汚い格好に加えチマ・チョゴリやアイヌのコスプレおばさんまで登場」「同じ空気を吸っているだけでも気分が悪くなる」―。ヘイトスピ-チの常習犯として知られる杉田水脈衆院議員(自民党)のこの発言について、札幌法務局は今月17日付で「人権侵害があった」と認定、本人に啓発した。この「空気」発言こそがまさに、言葉による“虐殺”そのものではないのか。

 

 国連女性差別撤廃委員会(2016年)に関する投稿だったが、関東大震災の際の朝鮮人虐殺事件(9月15付当ブログ参照)の教訓が生かされていないどころか、その事実さえなかったことにする形で差別感情がますます、拡散しつつあることにゾッとした。直近では広瀬めぐみ参院議員(自民党、岩手選挙区)の“エッフェル”事件を擁護するなど、自治体議員も含めた公人の資質の低下は目をおおうばかりである。

 

 

《追記―4》~「加虐、しいたげる側の顔というものは存在しません。加虐には顔がないのです」(詩人、(金時鐘=キムシジョン)

 

 差別というものは、遠巻きにするだけで相手に直接かかわらず、相手を対象としてすら見ないでいる中でますます執拗(しつよう)なものになってゆくと、詩人は言う。差別する者はそれゆえ、自分では差別しているとすら思わない。差別を被る側は逆に、そういう形で「離れ小島」のような場所に押し込められ、歪(いびつ)に塞いでゆくほかないのだと。講演「善意の素顔」(1997年)から。(9月23日付「朝日新聞」連載の鷲田清一「折々のことば」から)

 

 

《追記―5》~“異論”封じ、ついにここまで!!??

 

 反戦デモに許可なく参加したなどとして、愛知大は学生自治会役員の学生3人に退学の懲戒処分を通知した。3人は22日、「自治会の運動と組織を破壊するための政治的意図に基づく処分」と不当性を主張し、川井伸一学長に処分取り消しを求める再審査請求書を出した。3人によると、15日付の処分通知書は川井学長名で、「反戦デモに参加し、無断で『愛知大学学生自治会』の旗を掲げて」「本学公認の活動であるかのような外観を作出した」など6~7項目の「不適切な行為」が列挙されていた。愛知大広報課の担当者は取材に「個人情報の面でもコメントは差し控えたい」と述べ、処分の有無も明かさなかった(9月22日付「中日新聞」、要旨)

 

 

《追記―6》~行政文書は“不存在”!!??

 

 「2023年6月13日付でJR東日本から花巻市宛てに発出された『土地譲渡』交渉の回答(メ-ル送信)以降の交渉経緯を明示する各種公文書の開示」―。今月19日付のこの文書開示請求に対して25日午後、「当該文書は不存在」という回答が電話であった。ということは、この間3か月以上の間、JR東日本との「土地譲渡」交渉はなかったということか。はたまた、「非公式」つまり“秘密裡”に交渉を続けてきたということなのか。新図書館をめぐる“闇(やみ)”の構図は深まるばかりである。