インドにはスナックがいっぱいあるというと甘いの?とよく聞かれるが、それはスナック菓子でスナックというのは軽い朝ごはんや、虫養い的なもので、北インドにもいろいろあるが、南インドにはかなわない。
だからインドでは北インドの方でもホテルの朝ごはんには南インドのティファイン(スナック的なもの)を出す所が増えてきている。
ラクノウのナージ系でも朝にはドーサやイドゥリ等など食べ放題でラクノウの料理が食べたいのにと残念だった。
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南インドのティファインが
2013.10.14:[インド料理のあれこれ]
カリーとは
カリーとはなにかというと私にとって簡単な分け方としては、料理の名前にカリーとついてるのがカリーと思っている。
サーグマトン、パーラックパニール等など、カリーと名のないものは、英語でSpinach maton CurryとついててもSpinach cateji Cheeze Curryとついてても、私にとってはカリーじゃないと思う。だから月曜日に連載している50のカリーの筆者とは見解が異なります。
今日は山形での料理教室中級17回目、東京と同じ。多田君がいないので久世さんが送り迎えをやってくれた。
サーグマトン、パーラックパニール等など、カリーと名のないものは、英語でSpinach maton CurryとついててもSpinach cateji Cheeze Curryとついてても、私にとってはカリーじゃないと思う。だから月曜日に連載している50のカリーの筆者とは見解が異なります。
今日は山形での料理教室中級17回目、東京と同じ。多田君がいないので久世さんが送り迎えをやってくれた。
2013.10.13:[インド料理のあれこれ]
南インドのカリーはおかず
南インドの人にとってはカリーという名前のついていない料理でも、おかずのようなものはすべてカリーだという話です。逆から言うとスープはおかずではなく、カリーではないとのことだ。
ダールスープはおかずではなくカリーではない。サンバルもおかずではなく、スープ状のものなので、カリーではないとのことです。
私が初級の料理教室で教えているサンバルは小さめに切った野菜から5酒ほど入りちょっとシチューっぽいのだが、テルグ語の山田先生には見たことがないと言われ、いや、これはムンバイのおばさんから習ったのでムンバイスタイルなんだ、と言った覚えがあります。
ダールスープはおかずではなくカリーではない。サンバルもおかずではなく、スープ状のものなので、カリーではないとのことです。
私が初級の料理教室で教えているサンバルは小さめに切った野菜から5酒ほど入りちょっとシチューっぽいのだが、テルグ語の山田先生には見たことがないと言われ、いや、これはムンバイのおばさんから習ったのでムンバイスタイルなんだ、と言った覚えがあります。
2013.10.12:[インド料理のあれこれ]
サーランはカリー
インド料理といえばカリーとなるのだろうか、デリーの知人の家でご馳走になる料理はカリーとはいえない気がする。でも日本人が見るとみんなカリーとなるだろう。
北インドではあまりカリーという料理はなく、羊のカリー、エビのカリー、鶏のカリー、玉子のカリー、位なのだろう。でも北の方はカリーという言葉はなく、サーランという言葉があり、英国人から攻めて占領されたとき、あるインド人は我々のムルグサーランがムルグカリーとなり、ゴーシュトサーランがゴーシュトカリーと、イギリス人と共にカリーという言葉が流行ってきて、若い連中もムルグカリーと使っている。
何と嘆かわしいことかと言っていた文章に残ってます。でも北の方では今もサーランという料理もあります。
北インドではあまりカリーという料理はなく、羊のカリー、エビのカリー、鶏のカリー、玉子のカリー、位なのだろう。でも北の方はカリーという言葉はなく、サーランという言葉があり、英国人から攻めて占領されたとき、あるインド人は我々のムルグサーランがムルグカリーとなり、ゴーシュトサーランがゴーシュトカリーと、イギリス人と共にカリーという言葉が流行ってきて、若い連中もムルグカリーと使っている。
何と嘆かわしいことかと言っていた文章に残ってます。でも北の方では今もサーランという料理もあります。
2013.10.11:[インド料理のあれこれ]
東京オリンピックその後
今も交通事故の後遺症のため形成病院へ通っているが、足が短くなったり切らなきゃ、保険の後遺症として認められず自費で通っている。
マッサージさんに東京オリンピックの時と言われ、私にすればオリンピックの思い出なんかあまりなく、その前に東京に外国人のお客様が来るからといい風営法が変わって飲み屋の営業時間が短くなったこと。そして、食べ物を出すスナックやコンパという大きな箱で、カウンターの中にバーテンだけ。勿論女性バーテンもいるというような店が増えたってこと。
その当時は読売ランドの水中バレエの衣裳として係の主任、衣裳会社から派遣させてた。
そして衣裳部屋の隣の女性控室から、アベベ走ってよって声がかかったことしか覚えていない。
そうそう、オリンピックで思い出したのは、それが数年経ってまだまだ衣裳のデザイナーをしていた時、銀座のミニクラブの打合せをした後、仕事仲間と夕食に新橋センターでおでんを
食べたら、田舎こんにゃくの煮詰まったようなこんにゃくが喉につかえて口の中にも戻らず、胃の中にもいかず、目をシロクロさせて苦しがって結局、胃の中に入ったのだが、それが原因で夜中からしゃっくりがとまらず、次の日起きて病院へ行ったら10月10日。
昔は体育の日でお休みで吉祥寺でも一軒しかやっていず、その医者に言わせると食道の所にある弁、呼吸する時と食道へ行くのと調整するためのものが傷ついたので、ということで冷やしてといわれ、氷を買ってのどにあえがっているとすぐに氷はとけて…一週間程会社休んだことがあった。
オリンピックは関係ないか。今ならメールで連絡できるが、当時はそんなものがなく、わざわざ会社へ行き筆談で休みますといって帰った。
マッサージさんに東京オリンピックの時と言われ、私にすればオリンピックの思い出なんかあまりなく、その前に東京に外国人のお客様が来るからといい風営法が変わって飲み屋の営業時間が短くなったこと。そして、食べ物を出すスナックやコンパという大きな箱で、カウンターの中にバーテンだけ。勿論女性バーテンもいるというような店が増えたってこと。
その当時は読売ランドの水中バレエの衣裳として係の主任、衣裳会社から派遣させてた。
そして衣裳部屋の隣の女性控室から、アベベ走ってよって声がかかったことしか覚えていない。
そうそう、オリンピックで思い出したのは、それが数年経ってまだまだ衣裳のデザイナーをしていた時、銀座のミニクラブの打合せをした後、仕事仲間と夕食に新橋センターでおでんを
食べたら、田舎こんにゃくの煮詰まったようなこんにゃくが喉につかえて口の中にも戻らず、胃の中にもいかず、目をシロクロさせて苦しがって結局、胃の中に入ったのだが、それが原因で夜中からしゃっくりがとまらず、次の日起きて病院へ行ったら10月10日。
昔は体育の日でお休みで吉祥寺でも一軒しかやっていず、その医者に言わせると食道の所にある弁、呼吸する時と食道へ行くのと調整するためのものが傷ついたので、ということで冷やしてといわれ、氷を買ってのどにあえがっているとすぐに氷はとけて…一週間程会社休んだことがあった。
オリンピックは関係ないか。今ならメールで連絡できるが、当時はそんなものがなく、わざわざ会社へ行き筆談で休みますといって帰った。
2013.10.10:[インド料理のあれこれ]
