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JAYの日の料理決定

JAYの日の料理は今回はデリーの料理をやろうと思ったが、でもデリーの料理とは何だろうと考え、私の友人宅はデリーなのだが、ピュアなVegetarianでジャイナなので、ここの料理はジャイナ料理の時に、タンドーラ料理もパンジャーブ地方からデリーに来た料理。でも料理の本でデリーを探してみるとやはりいろいろある。その中から10種の料理を選んでつくることにした。

まずはラム料理からは、
GILAFI KABAB
ラムを挽き肉にして練り焼いたカバーブ。

鶏料理としては、
KADHAI MURG
鶏肉を煮込んでアームチュールとクリームで仕上げた料理

野菜料理としては
KHATTA MEETHA KADDU
かぼちゃ料理

KHASTA KACURI
パンのカチョリ

それにつきもののじゃがいも料理
ALOO KI KHATTI TARKARI

SHAHI SALAN
カリフラワーの炒めものか、これはまだ思案中。

そしてごはんは豆ごはん。
CHLIA PULAO

SWEETは今回もKHEER
デリーのキールです。

ただ山形は六魂祭のため車規制だけではなく、自転車も規制があり動けないので、今日のうちにびっくり市へラムを買いに行かなきゃならないので大変だ。

何かと忙しい

昨日はがんばってカリーの下ごしらえまで何とか作った。午前中店始まる前、血圧の病院へ。ランチ終わってからいつもの形成外科へ。

夜はジャイの日の料理の確認。一応メニューは決めたのでそれの必要な材料を書き出し、買わなきゃ。土・日は六魂祭があるというので車は使えずということで。明日自転車で、びっくり市へラムを買いに行くつもりだ。明日はジャイの日のメニューを発表しよう。

今日は仕込みの日

松山さんの告別式。あちゃーるさんの初級最後の料理教室と2日続いたのも過ぎ、今日からは又、客の来ない日々という訳。しかし、仕込みはピクルス2種。小松菜とロメインレタス。Vegetarian Kariをしなければ。

夜は雨。まずはピクルス、そしてVegetarian。まあ今日はKariの下ごしらえまでという訳。明日は病院へ。時間とられるので今日はがんばるところまでがんばる。

あちゃーるさんの1年間ありがとう

あちゃーるさんの料理教室もいよいよ5月20日最終会。終了証も用意しておいた。

最終会のメニューとしては

1.HUSSAINI KABAB(ハッサン大王風 カバーブ)
これはラムをスパイスとヨーグルトに漬けこんでおいたものを焼いた料理。宮廷料理。

2.MALAI KOFTA(マライ コフター)
野菜を茹ですりつぶし、コーヤーを混ぜ合わせて油で揚げカリーソースをつくり、その中で煮たもの。宮廷料理。

3.NARITAL CHAWAL(ナーリヤル チャーワル)
ナーリヤルを炒めその中にチャーワルを加え炒めお湯を加えて炒めたごはん。

4.MUNACCA CHUTNT(ムナッカ チャトニー)
レーズンを生姜やスパイスと一緒にプロセッサーをかけ、レモン汁でのばしたチャトニー。宮廷料理。

最終会なので宮廷料理が多くつくり、1年間のしめくくりとしてはバランスのとれた料理でこのようにインドにはカリーじゃない料理の方が沢山あるということ、受講生の方々にはわかっていただいたと思います。

日本ではカレーという名前がつかないと本が売れないということで私のインド料理講座の本を作る話も頓挫してしまった。その時の出版者の人から、カレーに対する思い入れがあまり感じられないという指摘があったが、その前書にもインドはカレーだけじゃなくおいしい料理がいっぱいありますと書いたのだが、その出版者の人も喪くなったので、そのまま15年たちました。永久に出ないでしょう。

だから受講生の人達は習った料理を何度もつくり自分のものにし、そしてスパイスの分量は自分の味に変えても、私は自分で教えた料理は受け取った人のものだと思ってますので、作り方まで変えてもその人がおいしいと思えばいいので、まぁ私の料理ではないということで。でも、少なくても3度は私に習ったように作ってください。

受講生のみなさんどうもありがとう。

松山先生の告別式

昨夜は1人だけ。前、新潟にいたお客様。今は名古屋へいた人が1年ぶりの御来店。彼は今は加工とスリランカの食材を扱っている店をやってるそうだ。いろいろ話は弾んだが、こっちは明日のことが心配でなので・・・

ともかく早めに帰り、11時10分にはねた。12時10分目が覚め、次は1時10分、2時20分、そして3時15分におきた。フロヘ入り頭をそり、アパートへ出たのはうちの時計で5時20分、そして駅には正確な時計で5時25分に着いた。アパートの時計はいくら進んでるのだろう。3つ時計あるが全部進んでる。

山形駅は停電だというので切符は買えずそのままのりこみ米沢までは寝てたが、あとはおきてジャイの日の料理の訳をしてた。

幡ヶ谷から歩いて行く途中で道を聞いた人が松山さんの小学校からの同級生だった。

いろいろ思い出を語りあいながら会場へ着くとうなぎが来てシモンさんがいるよとシモンちゃんの隣りの席へ。同級生の方もその隣り、うえまつようこさん。

皆んな松山さんが大好きで松山さんを尊敬している人ばっかりなので気持ちのいい式がとりおこなわれた。

火葬、そして場所を変えての打ち上げも参加し、7時12分の新幹線で帰り、店へ着いたら、ヘロヘロ、クタクタ。

明日の用意を少しし、アパートへ。帰ったら12時半。アンプル剤をのみ、今日は早寝。あんまり松山さんの思い出はありすぎるので・・・葬儀委員長の蒼一郎に感謝。

うなぎに言われた。
過去の記事でアツミ半島をアマミ大島と間違ってたという話。多田君に訂正しといた。うなぎごめん。私の字がきたなかったので多田君が読めず間違ったんだろう。

我が師 松山俊太郎4
http://samidare.jp/jay/note?p=log&lid=233869