朝日町エコミュージアム|大朝日岳山麓 朝日町見学地情報
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海野秋芳詩集『北の村落』より詩7編
北の村落
なあんだ また雨來るだべ
そうだべな
けふで十日もならうに重すぎる北國の空模様である
この樣に 雨空低くたれ
粟の穂先天を指す秋
それは すざまさしい海浪の迫る豫告ではあるまいか
父(とっ)つあ 行田(なめだ)さ行つて見ろ 穂先 天コふいてるから
俺あ 見たくもない
親も 子も
今年こそと勵ましあひながら
たぎる樣な水田の害草(くさ)をとり 稻株(かぶ)の繁出(もで)を數(かぞ)へたのに
仕方がない大根葉(ひば)を納屋にしまふんだ
それから飮水を汲んで呉れ
冷雨降る日を 木の根などくべて
膏薬をあぶり 疲れた關節(ふしぶし)にはる
おつ母(かあ) 白髪拔いてやるべ
構はないでくれ 針の溝 この暗さでは通らないから――
野良着繕ふ母も老ひたのか
賣薬袋さげた下にうづくまり 振り向きもせず 荒れた
掌をうごかすのである
野良話は 雨の日を暗くのしかゝつて來る
蕗(ふき)
ながい旅から
ほこり立つ道をゆられ
歸へつて來た
もどかしく
どつと かけ込みたい氣持(こヽろ)を支へて
やきつけられた 日傘
戻らうか
詫びようか
いまさらに 顔のなく歸へつて來て
母を呼ぶこゝろ
うかがへば
しがみつく絆をゆすぶつて
女人が笑つてゐる
北の村落(2)
押し潰されそうな山峡の村落である
今日は下駄屋のよね坊が賣られて行ったそうな‐‐―あれ
も一年足らずで大きなお腹をかゝえて來るだらうよ
前借に前借を重ねて娘を銘酒屋に沈める貧困な村である
今度は何處の娘が 泣寢のまぶたを覺ますだろうか
大雪が祟って稲穂がつんと立つたきり
收穫(とりいれ)のない秋
淋しい田圃の畔で 爺様たちがこぼしてゐる
―――俺達も長生きするでねがつたなア
―――全くだ 祿な飯も食(くら)へられねいで いつそ
―――まあまあ そう云ふたとて どうにもならないし
來春まで待つだね
齢ぼうけや 女子供寒々と殘り
ひたむきに 若者が出かせぐ都會の魅力
あこがれがあこがれを引いて
義理さへもなく さびれゆく
村落の光なき夕暮である
昭和七年東北地方を苛んだ冷水害は今や忘れられ
ようとしてゐる、忘れてはならない、村を愛す
る心は先祖を愛する心だ―――昭和十五年春――
雲ひくき日に
-友人Y君の英霊かへる-
君は
僕の側から
隙間風の様に
征つた
とほく
海を越へ
長江のほとりで
任務についた
廻轉する
世界も知らずに
すきだつた論説欄も見ずに
固く銃を握ったまゝ
また 秋が來て
君もかへつて來た
無言のすがた いたましく
半旗に護られながら
いまは
なんにも云へない
御苦勞様
御苦勞様
血型
ながいこと カーキ色の從隊がつゞいた
多くの顎紐をかけた戰闘帽の中から
おまへは 兄さんと呼んでくれた
章 元氣で行つて來い
握つたおまへの掌は
逞ましくふしくれ 何か どぎついものにおもはれる
前線へ行く兵隊
百千の旗に歡呼するどよめき
その中で 握ぎりかへすおまへの掌
章 今日を忘れるな
多くの顎紐をかけた戰闘帽の中に
もつとどぎつい その掌を握らせてくれるまで
私は其の日を待つている
おまへも忘れないでくれ
海山越へて征つても
つながつてゐるものがある
ながれるものがある
飢ゑてみろ
どいつもこいつも 坐りたい車席(クッション)を
總立になつてゆずりあふ手合(てあい)ども
にやにや笑ひながら坐りこんで終ふなら
いっそ立たずにそつぽを向けばいゝでないか
色褪せたそれが道徳か 博愛か-世にすねた盲人(めくら)の仁
義と云ふものか
金のカマボコ指輪がなんであらう
狐の襟巻きがなんであらう
隣席(となり)のつゝましい勞働者をみるがいゝ
何故のステーブルファイバーか
何故のふしくれ双手(もろて)であるかを
でこぼこの道は 車がゆれるものだ
絶間ない振動が車を壊すのだ
疲れきつた運轉者らがすべての犠牲となる
日毎夜毎 足元から翔けてゆくものの羽叩きを聞け
そいつらの諦めきつた虚空への後姿を見送つてやれ
さってゆく眞白な翼は なぜ灰色の歳月を忘れたか
凍てついた寒月のあたりになぜ神々は新しい子供の産聲
を聞かねばならぬのか
蒼白い爪を噛んでみろ
なんであらうと 飢ゑてみろ
飢ゑてそのあと血を吐いてみろ
錆
背柱の腐れかゝつた生物のやうに
ありつたけの力をしぼるモートルを据えて
ひとら 油のなかに糧を求める職場である
あの頃の心を いげつなくずらせて
今日もまた十分の休憩を無上の生きがひに待つ心
長すぎる作業のあとの休憩ベルが鳴る
必死の廻轉に太息する機械の沈默がある
よごれきつた少年工のはしたない談笑が崩れて
おれは習ひかけた語學を落し書きする
まるであの頃母の白髪を見つけた つまらない感情に似
てゐる
窓ごしにちらつく特務工手の視線にふれて
いつかしぼんだ可憐なグルッペの無駄話
今は追ひ詰められたぎりぎりの一日にゐる彼等である
夜があけて 乘りなれた割引電車 はつとする始業の
ベル 工長がやけに意張るのだ
――ニグロを使ふ奴等のやうに
味氣ない日課がおまへらのやうにある俺だ
いつそ叩きつけたい書類などもある
磨滅させて終ひたいバイト ドリール
それがおめおめ今日も犬齒をかんでこらへた
やつぱり俺は意氣地がないか 意固地だか
ベルが鳴る 始業 油に蝕まれる一日がある
グッとスイッチを入れた二十五馬力のモーター
あか錆びて シャフトが プーリーが ベルトが廻轉する
工場の 機械の 汚れた菜ッパ服の仲間ら
聞くがいゝ あの古びたモートルのせつない獨白を
なに故の 所詮は束縛(しば)られたものの地團駄であらうか
※海野秋芳詩集『北の村落』より抜粋
→
夭折の詩人 海野秋芳
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父(とっ)つあ 行田(なめだ)さ行つて見ろ 穂先 天コふいてるから
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たぎる樣な水田の害草(くさ)をとり 稻株(かぶ)の繁出(もで)を數(かぞ)へたのに
仕方がない大根葉(ひば)を納屋にしまふんだ
それから飮水を汲んで呉れ
冷雨降る日を 木の根などくべて
膏薬をあぶり 疲れた關節(ふしぶし)にはる
おつ母(かあ) 白髪拔いてやるべ
構はないでくれ 針の溝 この暗さでは通らないから――
野良着繕ふ母も老ひたのか
賣薬袋さげた下にうづくまり 振り向きもせず 荒れた
掌をうごかすのである
野良話は 雨の日を暗くのしかゝつて來る
蕗(ふき)
ながい旅から
ほこり立つ道をゆられ
歸へつて來た
もどかしく
どつと かけ込みたい氣持(こヽろ)を支へて
やきつけられた 日傘
戻らうか
詫びようか
いまさらに 顔のなく歸へつて來て
母を呼ぶこゝろ
うかがへば
しがみつく絆をゆすぶつて
女人が笑つてゐる
北の村落(2)
押し潰されそうな山峡の村落である
今日は下駄屋のよね坊が賣られて行ったそうな‐‐―あれ
も一年足らずで大きなお腹をかゝえて來るだらうよ
前借に前借を重ねて娘を銘酒屋に沈める貧困な村である
今度は何處の娘が 泣寢のまぶたを覺ますだろうか
大雪が祟って稲穂がつんと立つたきり
收穫(とりいれ)のない秋
淋しい田圃の畔で 爺様たちがこぼしてゐる
―――俺達も長生きするでねがつたなア
―――全くだ 祿な飯も食(くら)へられねいで いつそ
―――まあまあ そう云ふたとて どうにもならないし
來春まで待つだね
齢ぼうけや 女子供寒々と殘り
ひたむきに 若者が出かせぐ都會の魅力
あこがれがあこがれを引いて
義理さへもなく さびれゆく
村落の光なき夕暮である
昭和七年東北地方を苛んだ冷水害は今や忘れられ
ようとしてゐる、忘れてはならない、村を愛す
る心は先祖を愛する心だ―――昭和十五年春――
雲ひくき日に
-友人Y君の英霊かへる-
君は
僕の側から
隙間風の様に
征つた
とほく
海を越へ
長江のほとりで
任務についた
廻轉する
世界も知らずに
すきだつた論説欄も見ずに
固く銃を握ったまゝ
また 秋が來て
君もかへつて來た
無言のすがた いたましく
半旗に護られながら
いまは
なんにも云へない
御苦勞様
御苦勞様
血型
ながいこと カーキ色の從隊がつゞいた
多くの顎紐をかけた戰闘帽の中から
おまへは 兄さんと呼んでくれた
章 元氣で行つて來い
握つたおまへの掌は
逞ましくふしくれ 何か どぎついものにおもはれる
前線へ行く兵隊
百千の旗に歡呼するどよめき
その中で 握ぎりかへすおまへの掌
章 今日を忘れるな
多くの顎紐をかけた戰闘帽の中に
もつとどぎつい その掌を握らせてくれるまで
私は其の日を待つている
おまへも忘れないでくれ
海山越へて征つても
つながつてゐるものがある
ながれるものがある
飢ゑてみろ
どいつもこいつも 坐りたい車席(クッション)を
總立になつてゆずりあふ手合(てあい)ども
にやにや笑ひながら坐りこんで終ふなら
いっそ立たずにそつぽを向けばいゝでないか
色褪せたそれが道徳か 博愛か-世にすねた盲人(めくら)の仁
義と云ふものか
金のカマボコ指輪がなんであらう
狐の襟巻きがなんであらう
隣席(となり)のつゝましい勞働者をみるがいゝ
何故のステーブルファイバーか
何故のふしくれ双手(もろて)であるかを
でこぼこの道は 車がゆれるものだ
絶間ない振動が車を壊すのだ
疲れきつた運轉者らがすべての犠牲となる
日毎夜毎 足元から翔けてゆくものの羽叩きを聞け
そいつらの諦めきつた虚空への後姿を見送つてやれ
さってゆく眞白な翼は なぜ灰色の歳月を忘れたか
凍てついた寒月のあたりになぜ神々は新しい子供の産聲
を聞かねばならぬのか
蒼白い爪を噛んでみろ
なんであらうと 飢ゑてみろ
飢ゑてそのあと血を吐いてみろ
錆
背柱の腐れかゝつた生物のやうに
ありつたけの力をしぼるモートルを据えて
ひとら 油のなかに糧を求める職場である
あの頃の心を いげつなくずらせて
今日もまた十分の休憩を無上の生きがひに待つ心
長すぎる作業のあとの休憩ベルが鳴る
必死の廻轉に太息する機械の沈默がある
よごれきつた少年工のはしたない談笑が崩れて
おれは習ひかけた語學を落し書きする
まるであの頃母の白髪を見つけた つまらない感情に似
てゐる
窓ごしにちらつく特務工手の視線にふれて
いつかしぼんだ可憐なグルッペの無駄話
今は追ひ詰められたぎりぎりの一日にゐる彼等である
夜があけて 乘りなれた割引電車 はつとする始業の
ベル 工長がやけに意張るのだ
――ニグロを使ふ奴等のやうに
味氣ない日課がおまへらのやうにある俺だ
いつそ叩きつけたい書類などもある
磨滅させて終ひたいバイト ドリール
それがおめおめ今日も犬齒をかんでこらへた
やつぱり俺は意氣地がないか 意固地だか
ベルが鳴る 始業 油に蝕まれる一日がある
グッとスイッチを入れた二十五馬力のモーター
あか錆びて シャフトが プーリーが ベルトが廻轉する
工場の 機械の 汚れた菜ッパ服の仲間ら
聞くがいゝ あの古びたモートルのせつない獨白を
なに故の 所詮は束縛(しば)られたものの地團駄であらうか
※海野秋芳詩集『北の村落』より抜粋
→夭折の詩人 海野秋芳