ダリア日記
ダリア(天竺牡丹)日記 Vol.109
ダリアの父『小西勇作氏』
千葉県千葉市の小西勇作氏は昭和30年代からダリアの品種改良を手掛け、また、米国や英国等の海外からダリア球根を輸入し、球根生産と国内外向けに販売を続けてこられました。昭和40〜50年代は国内の高度経済成長に伴い、花を楽しむような花壇や公園等が激減した時代。栽培地面積を広く必要とするダリアは「過去の花」「忘れ去られた花」と言われました。
小西さんは『ダリア』を愛し守り続けました。ダリアが売れなくて貧乏した時代、チューリップ球根の販売で生計を立てたこともあったと聞き、ただ頭が下がるばかりです。
さて、「平成19年小西ダリア園カタログ」が届きました。毎年どのような新種が発表されるか心待ちにしています。今年の新花『朱宝冠』『老紳士』『ガトピー』・・・等、素晴らしい品種が揃いました。
小西氏は日本ダリア会(会長:鷲沢幸治氏)の技術顧問であります。
2007.04.15:
acocotori
:[
メモ
/
日本や世界のダリア園、組織
]
▼コメントはこちら
名前
件名
本文
URL
画像
編集/削除用パスワード
※半角英数字4文字で自由に入力下さい。
手動入力確認イメージ
※イメージ内の文字を小文字の半角英字で入力して下さい。
※ 投稿後、すぐに反映されます。
ダリア検定
ダリアの歴史
ダリアの生理学
ダリアの分類方法
栽培管理の方法
ダリアの切花生産
品種図鑑
ダリアの楽しみ
ダリアの逸品
日本ダリア会
日本や世界のダリア園、組織
ダリアの物語
カテゴリー
メモ
メール
Q&A
暦
リンク
地図
ウィキ
特集
プラン
ケータイサイト
インフォメーション
プロフィール
All Rights Reserved by acocotori
千葉県千葉市の小西勇作氏は昭和30年代からダリアの品種改良を手掛け、また、米国や英国等の海外からダリア球根を輸入し、球根生産と国内外向けに販売を続けてこられました。昭和40〜50年代は国内の高度経済成長に伴い、花を楽しむような花壇や公園等が激減した時代。栽培地面積を広く必要とするダリアは「過去の花」「忘れ去られた花」と言われました。
小西さんは『ダリア』を愛し守り続けました。ダリアが売れなくて貧乏した時代、チューリップ球根の販売で生計を立てたこともあったと聞き、ただ頭が下がるばかりです。
さて、「平成19年小西ダリア園カタログ」が届きました。毎年どのような新種が発表されるか心待ちにしています。今年の新花『朱宝冠』『老紳士』『ガトピー』・・・等、素晴らしい品種が揃いました。
小西氏は日本ダリア会(会長:鷲沢幸治氏)の技術顧問であります。